第165話 寄り切りで勝つ力士は強い


 と思った時には、佐々木沙羅は右上手を放して、強引に相手の手の内側にねじ込んだ。


 巻き替えだ。


 もちろん、クロハの方も黙って巻き替えを許すわけがない。


 相手の右上手が離れた瞬間に両まわしを引きつけて前に出ようとする。


 だが、佐々木沙羅には体重がある。


 桜の木に譬えれば満開の花が開いているかのような、むっちりと豊富な肉量を誇る佐々木沙羅は、一瞬で巻き替えを成功させ、両まわしを引きつけ返すことでクロハの寄りを一歩後退したくらいでしのいだ。


 これで両者右四つ左上手の格好になった。


 お、でもこれなら、クロハの方がかえって有利になったんじゃないかな。


 クロハはいつも、左四つ右上手の相撲を取る。今の体勢は、いつもとは逆の四つということになる。


 クロハは右利きのはず。だけど、あえて普段は左四つで取っている。右で上手を取った方が、投げを打つ時に力を出せるから、だろう。それと同時に、苦手な四つになった時に手詰まりになるのを防ぐためもあるだろう。


 とはいっても、本人に聞いたわけじゃない。全部俺の観た範囲で判断できる程度の推測だ。


 だから、今の右四つ左上手は、ヘタに胸が合ってしまったもろ差しよりは良い体勢と言えるだろう。


 だが、相手は素人とはいえども体力と体重のある佐々木沙羅だ。クロハはここからどう攻めるのだろうか?


 と、思った時には既にクロハが動いていた。右下手から出し投げを打って相手を崩し、そのまま右下手を掴んだまま寄って行く。佐々木沙羅は体勢が崩れて左前方からクロハに押し込まれる格好になった。


 これは勝負決まったな、と判断したのは早計だった。


 土俵際に追い詰められ、俵に足がかかったところで、佐々木沙羅は持ち前の体力と体重を発揮した。右足一本で、俵にかかったところを踏ん張り、その場で耐える。すごいな。ただの太めの女子高生じゃない。


 しかしクロハにも相撲部部長の意地があるのだろう。連続する波のように、あるいは18歳未満禁止のえっちな動画での男優の動きのように。繰り返し繰り返し寄って寄って寄って寄る。


 いわゆる、がぶり寄りだ。


 横から攻められて、しかもがぶられて。それでも佐々木沙羅は諦めずに左上手から強引に投げを打とうとする。クロハの体勢も横に流れる。


 おっ!


「勝負あり! ……あっ!」


 行司の佐藤恵水が思わず悲鳴を挙げた。


 渾身のがぶり寄りが効いて、ついに佐々木沙羅の右足が土俵を割ったのだ。決まり手は寄り切り。寄り切りで勝つ力士は強い。さすがである。


 だが、その時には既に逆転を狙った左上手からの投げの動作に入っていたので、前に出る勢いがついていたクロハはそのまま横にスライドするようにして頭から土俵下に落ちていった。そして、その上に、体勢の崩れた佐々木沙羅の体が落ちてくる!


「危ない!」


「ぎゅげっ……」


 なんか、アマガエルが踏みつぶされたような音というか、声が一瞬聞こえた。


 俺だけでなく、土俵脇で控えていた相撲部ではない女子高生四人も、慌ててクロハの落ちた所に駆け寄った。


「クロハ! 大丈夫?」


「今、まともに頭から落ちたよね?」


 後から土俵から落ちた佐々木沙羅は、落ちた時にどこか打ったのか、ちょっと痛そうにしている。が、自分がクロハを下敷きにしてしまっていることには気づいていて、すぐにその場から立ち上がって脇に避けた。……どこを打ったのかは分からないが、すぐに動けるということは大したことは無いだろう。


 それよりもヘビーな体重の下敷きになったクロハだ。


「おい、クロハ! 返事しろ!」


 床に仰向けに倒れているクロハに、俺が叫んで呼びかける。


 俺の声が聞こえたのか、クロハが薄目を開けた。


「ぁ、あー、……あぃたたた」


「無理して動かない方がいいぞ、クロハ」


「だ、大丈夫だって赤良。わ、わたし、女神なんだから」


 いや、たとえ女神であっても、普通の女子高生として現実の肉体を持って現実世界で生きていたら、ああいうふうに土俵から転落して頭部を強打したら、十分にヤバいだろう。


「魔法で治療した方がいいんじゃないのか?」


 提案した俺は魔法を使えないけどな。誰か、旭川西魔法学園の生徒に協力してもらうしかない。


「だから、そんなことしなくても大丈夫だって!」


 まるで第一次反抗期の幼児のように言いながら、クロハは腹筋だけで状態を起こし、すぐ隣に立っていた佐藤恵水に右手を引っ張ってもらい立ち上がった。


「まあ、私は女神だし、頑丈だから大丈夫だったけど、確かにこれは危険よね?」


 まるで、胸を寄せて上げて誇示するかのように偉そうに胸の前で腕組みしながら、クロハは土俵と床を見比べた。


 国技館の真ん中にある土俵は、俺が元居た日本で行われていた男の大相撲と同じような土俵だ。国技館の床よりも高く盛り土してあって、その上にリングの俵がある。


 プレハブの相撲部部室にあった稽古用の土俵は、土の床の上に俵を設置して土俵としている。だから、勢いよく寄り切られても「転落」することは無かった。


 うーん。盛り土の立派な土俵の上で相撲を取るのは、晴れの舞台ではあるけど、危険なのは危険なので、それは良くないな。


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