第164話 部長vsあんこ型


 二人で右四つがっぷりに組んだまま、投げの打ち合いでぐるぐる回っているうちに、永井映観の足が土俵の外に出てしまっていたのだ。行司のクロハがそれを見逃さなかった。


 ああ、まあ、この一番なんかは、性格的にも穏やかそうな細川ヒトミが技術や精神で勝ったというわけではない。単なる偶然の産物だろう。


 まあ、素人同士の対戦だ。こんなもんだ。こんなもんだ。


 俺は心の中で何回も言い聞かせる。


 両者は土俵の東西に分かれて、礼をする。負けた方の永井映観は何故自分が負けたのか、まだ納得出来ていないような感じで、首をひねりながら土俵を降りた。


 ふーん。まあ、一応だけど、立派なもんじゃないの。


 自分が負けたと言われたことに対して、行司を信頼して文句を言わなかった。そして、納得できていないにせよ、最後にきちんと礼をしてから土俵を降りたこと。俺のことを最も厳しく隠し撮り犯だと疑っていた苦手な女ではあるが、その部分にかんしては永井映観を見直してもいいだろう。


 でも、負けに納得出来ていないと言うことは、自分の足が土俵の外に出てしまったことに気づいていないのだろう。今回はともかく、今後、文句を言う者が出てくるかもしれないので、それを事前に防ぐためにも、ビデオ判定があった方がいいんじゃないかな。隠しカメラ探知機よりも、正々堂々と撮影するツールがほしいところ。


 スマホの撮影機能で十分かな。……と、思ったら、同じ問題点を意識したのか、俺の隣に立つ佐藤恵水が自分の懐からスマホを取り出して、次の一番から撮影しようと準備を始めた。


「なあ恵水さんよ。せっかく撮影のスマホを準備しているところを悪いんだけど、次はクロハに相撲取らせてやって、キミが行司をやってくれよ」


「……あ、言われてみればそうね。たまには監督もいいところに気づくわね」


 たまに、は余計な衍字だ。


 恵水は自分のスマホを、土俵から降りてきたばかりの探知機女の永井映観に渡して、土俵に上がった。立ち位置ば行司の所である。


 それまで行司を務めていたクロハが東に立つ。その間に行司の恵水が、西から上がった力士と小声で何か話している。


「ひがあしー、クロハー、テルメェズー。クロハー、テルメェズー。にぃしー、佐々木沙羅ぁー、ささきぃーしゃらぁー」


 西から登場した力士は、ササキシャラというらしい。キラキラネームなのか普通ネームなのか微妙な線だ。これをつけたであろう両親の絶妙なネーミングセンスといえよう。作家のペンネームでいえば吉本ばななくらい、ギリギリ絶妙の線を攻めている。


 助っ人として呼ばれて来たからにはある程度当然なのだけど、佐々木沙羅は女子高生としては、やはり背が高い。もちろん、180センチの俺よりは低いけど、女子高生基準では大柄だ。


 佐々木沙羅が助っ人四人の中で他の三人と異なっているのは、身長ではなく体格だ。


 他の三人は背は高いけど割とスラリとした普通の体型なのだが、佐々木沙羅だけはしっかりと肉が付いている。言葉を濁さずに言えばぽっちゃりしているというか、やや太めだぞな。胸も、巨乳の部類に入るだろう。紺色レオタードの上からでもばいんばいんだ。


 だけど、動きを見る範囲では、運動の苦手なデブというのではなさそうだ。体は大きいけど、それなりにちゃんとコントロール出来ているようだった。自分の体をコントロールできるのなら、脂肪太りではあっても体重がある方が力士としては有利だ。俺が居た日本の男の大相撲だって、筋肉と脂肪でバランス良く太っているからこそ相撲取りは強いのだ。それこそキラキラネームみたいなもので、ギリギリ絶妙な線でほどよく筋肉と脂肪があると力を発揮する。日本の男の大相撲におけるあんこ型と比べると物足りないけど、女子高生力士としては十分あんこ型と言ってもいいだろう。


 これは、……好取組なんじゃないかな? さっきの恵水は期待を裏切られたけど、今度こそという気持ちで期待を抱いてしまう。


 クロハは、女子高生としては平均よりちょっと大きめくらいの体格だろう。だけど相撲部部長という経験者。


 片や佐々木沙羅というふくよかな子は、体は大きい。ただしあくまでも素人。運動はそれほど苦手ではなさそうなので、単なる独活の大木ということは無さそうだ。


「はっけよーい、のこったぁー」


 行司である佐藤恵水の声に背中を押されるようにして、クロハの金髪が低い位置から佐々木沙羅の胸元に当たった。素人相手だから当然とはいえ、低く鋭い当たりだった。


 先手を取っただけではなく、相手より小柄であることも利用して、クロハは佐々木沙羅の懐に入り込んだ。気づいた時には既に左右の手でまわしを握っている。


 もろ差しだ。


 フォークリフトがパレットを持ち上げるような格好で二本入った。


 これなら一気に寄れるかも。


 と一瞬思った俺だが。佐々木沙羅もでくの坊ではない。左右のまわしを握っている。両上手ということだ。


 土俵中央で両者の動きが一瞬止まった。クロハがまわしを引きつける。だが、相手もまた感覚的に分かったのだろう、両上手を引きつけて対抗する。相手の胸に頭をつけていたクロハだったが、両者の胸が合う格好になってきた。


 ああ、クロハの有利な体勢だったのが崩れてきたな。


 胸が合ったら、体格に勝る佐々木沙羅の方が優位かも。


 といっても、体格的に優位とはいっても、相撲は未経験なのだろう。そこから寄って行くのが上手く行かないようだ。感覚だけで引きつけても、それを己の意のままにコントロールできるまでには至っていないのだ。


 あっ!


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