第157話 ○スクイザー○
「俺、土俵には上がれないのに、ここに来て、役に立てるのかな?」
「何を、たそがれたことを言っているのよ赤良」
既に聞き慣れた声が背後からかかった。振り返るとそこには、レオタードに白いまわしを巻いた姿のクロハがいた。その後ろには同様にレオタード姿の恵水もいる。
「なんだよ、二人とも、もう着替えてきたのか。まだ出発時間は先だろう? 早すぎじゃないか? てか、必要な物資運びは終わったのか?」
「出発がまだまだだってことは分かっているわよ。荷物運びについては、同じクラスの人たちが手伝ってくれることになったのよ」
すげえな。協力的な善良なクラスメイトじゃないか。
そういう時に一致団結できるのは一体感の良い面だな。
まあ俺なんかは、クラスの中では浮いていたので、そういう時にどうしてもシラケてしまい、一体感を味わうことはできないもんだけど。
それでも、同調圧力というものがあるから、嫌々渋々であっても、そういう場合は浮いている俺でも手伝わされることになるオチだろうけどな。
それにしても、俺がまだ掃除も何もしていないうちに人が来てしまうとは。
「なあ、クロハ。俺、まだ掃除していないんだけどさ。それなのに入ってこられても」
「だったら、今からやればいいでしょ? 私たちは、立派な土俵があるのに何もしないでただ黙って待っているのも時間が惜しいから、相撲をしたいのよ。それにどうせ赤良は土俵に上がれないんだから、土俵以外の場所を掃除していてくれればいいから。この後、助っ人も来て、一緒に相撲とってくれることになっているから」
「そうそう。私もクロハ部長も、相撲が好きだから、他の部活じゃなくて相撲部に入ったんだから。助っ人が来る前に体を温めておかなくちゃ」
そう言いながら、二人は土俵に上がって四股踏みを始めた。
恵水の言葉を聞いて、俺はほほえましい気持ちになった。
ああ、クロハと恵水は、「相撲が好きだ」と心から純粋な気持ちで言えるんだな。
それこそ、俺のような中年のオッサンが、テレビ中継で甲子園でプレイしている高校球児を見て青春の眩しさに感動するような。
あるいは、アニメで9人の高校生の女の子がスクールアイドルとして歌って踊るのを観ているような。
・・・ああ、それはそうと、恵水の言っていた内容から、ちょっと思うところがあるな。
クロハも恵水も、相撲が好きで、他の部活じゃなくて相撲部に入った、とか。
ってことはだよ。他の女子生徒は相撲部を選ばなかったってことだよな。
相撲は日本の国技。乙女のたしなみ、なのに。
ま、それを言ってしまったら、俺が元居た現代日本の中学高校でも、男子相撲部ってそう多くなかったように思うけどな。日本の国技なのに。
でも、他の部活に入っている子がいるはずだ。
その子たちの中から、助っ人が来てくれる、ってことだよな。
この国技館の土俵で、クロハと恵水の二人だけが延々と相撲を取り続ける、なんてことは、さすがに無いだろう。俺が代わりに土俵に上がるわけにもいかないし。
「でもさ、相撲を取るなら、俺がコーチングした方が良くないか?」
クロハと恵水は一瞬だけお互いに顔を見合わせた。
「とりあえず、四股踏みとか基本的なことだけやっているから、今は必要無い。さっさと掃除やっててよ」
なんか、相撲部監督としての役割を必要とされていないのも、どうなんだろうね。掃除を軽視してはいないけど、徹底的に掃除を押しつけられると、俺のアイデンティティである相撲部監督を否定されたみたいで、ちょっと悲しいわ。
クロハと恵水が相撲をとっている中で体育館の掃除をするのもばかばかしいので、体育館を出て、トイレ掃除をすることにした。
ぱっと見、それほど汚れていない。普段からきちんと清掃されているようだ。
トイレ掃除の用具は、トイレ内の個室よりも小さな部屋にある。扉を開けると白い陶器のオスタップがあり、モップだとかバケツだとかが置かれている。まあ、どこに行っても同じような掃除用具入れだ。
まあいいや、さっさと始めよう。
俺はゴム手袋をはいた。
あ、そうそう。北海道の方言で、手袋を「はく」と言うのだ。靴をはくのと同じだ。
要は、手袋を装着した。
そして、モップを取り、モップ絞り器に水を入れて、足で踏んでモップの水を絞る。
あ、このモップ絞り器って、スクイザーと言うらしい(作者が今ググって調べた)。
モップで床を拭く。
拭く。
ふく……
あー、やっぱり、面白くないな。
掃除って、元々きれいな場所を掃除するのって、見た目でそれほどきれいになるわけじゃないから、やりがいが感じられない。汚れているところが自分の掃除によってきれいになれば、やりがいを感じることができるのだけど。
人間ってのは、なかなかままならないものだ。
かといって、登山部JKじゃないけど、汚れたトイレを掃除するっていうのは、気が滅入ってしまうもんだしね。
そういう意味では、きれいなトイレなので、良かったわ。さすが俺の母校の旭川西高。
……じゃないか。
ここは旭川西魔法学園なんだ。
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