第158話 巡り逢い☆女子トイレ
トイレ掃除、一生懸命やっても、元がきれいなので、あまりやった感じがしない。ので、つまらない。
何か、楽しい考え事でもしながら、やるか。
何がいいだろうか。
……思いつかないな。
……そういえば、俺が今、掃除しているのって、女子トイレなんだよな。
俺は当然のことながら男なので、こういう掃除の時でもない限り、女子トイレに入ることは無い。
まあ、別に女子トイレだからといって、特にどうこう意識することも無いんだけど。
楽しいこと、楽しいこと……楽しかったこと。良かったこと。嬉しかったこと。
無い。
禍福糾縄という言葉がある。かふくきゅうじょう、と読む。
人生はあざなえる縄のごとし、ということだ。
人生には、いいことも悪いこともある。そういう意味だ。まあ、それは真理だろうな、とは認めてもいい。
だが、傾斜というか、加減というか、比率というか。
いいことと悪いことがフィフティ・フィフティだったら、特に文句も無い。
だけど俺の人生、いいことよりも悪いことの方が多かったように思うぞ。
いや、俺に限らず、日本の氷河期世代の非モテのオッサンは、俺以外もみんなそんな感じじゃないのかな?
例えば、たまたま本屋で表紙を見かけて面白そうだなと思って衝動的に買った漫画が、読んでみたら期待していた以上に面白かった、とか。そういう小さいレベルの幸せなら、まあそりゃアラフォーというくらいそれなりに長く生きていりゃ、それなりの数の経験があるだろう。
だけど、大きなレベルの成功体験というのが、俺には無い。俺に限らず、氷河期世代には無いんじゃないかな。
思い返してみたら、中学三年の時に一生懸命勉強して、当時の俺には厳しいランクだった旭川西高校に合格した、というのが、アラフォーの俺の人生に置ける最も大きな成功体験じゃんじゃないかな?
たとえば高校時代に部活に打ち込んで全国大会に出場したとか、そういう青春体験も当然無いし。大学受験は失敗して落ちているし。氷河期世代だから就職も苦労してあちこち住む地域も職も転々としたから、仕事という面での成功体験も無い。非モテだったので恋愛でいい思いをしたことも無いし、結婚して幸せな家庭、という勝ち組条件とは縁もゆかりも無いありさまだ。フォークリフトの資格を取って倉庫で働くようになったのは、まあ辛うじて頑張ってそれなりの成功を掴んだとも言えるが、税理士とか社会保険労務士みたいな難しい資格じゃないしな。
人生一番、というか最初で最後の成功体験は、高校合格。
その時点で、俺の人生を象徴しているよな。
そういう大きいレベルの楽しかったこと良かったことは高校合格以外は無いんだから、もっと小さい日常レベルの楽しかったことを思い出すか。
あー、そういえばシリーズを追いかけて買っているコミックスの最新刊、あれも面白かったな。次巻も楽しみだ。
……と思ったけど、あれは元居た世界での話だ。
こっちの世界で、同じマンガって、出版されているんだろうか?
まあ、主人公がハワイアン大王波を撃つバトルアドベンチャーものの少年漫画なんかは、あるんだろうけどな。
あと、日常レベルで楽しかった、良かったことといえば、旨いラーメンを食った、といったところだろうな。
旨いものを食べるのは幸せだ。これが、今日明日食べるのにも困るような飢餓の国だったりしたら、そうは行かなかっただろうし。
ただな。旨い物を食べるって、俺でなくても他の奴でもできるんだよな。一流大学を出て大企業に就職してかわいい彼女がいて、というようなリアル充実している奴でも、旨い店に行けば旨いものを食べることができる。
そう考えるとさ、俺のようなザコのオタクは、一般的な日本人が享受できる幸福のうち、最少公約数だけしか受けることができていなかったんだよな。思い出せば思い出すほど、かえってみじめ度が増すような気がするもんだ。
不意にドアが開いた。女子トイレの入口のドアだ。
二人、制服姿の女子生徒が入ってきた。
「あ、まだ清掃中なんですけど」
入ってきた二人の女子生徒は、二人とも女子高生としては背が高かった。美人かどうか、というとそりゃ見る人の好み次第かもしれないが、二人の顔立ちがぱっと見だけで似ているなと思う。姉妹かもな。
ぶっちゃけて言えば、二人ともあまり美人には見えなかった。……別に二人の容姿をディスっているわけじゃないぞ。二人の表情が笑顔ではなく、ブスっとした不機嫌な表情だから、あまり可愛らしく見えないのだ。
なんで二人とも不機嫌なのだろうか?
「なんでオジサンが女子トイレの掃除なんかやっているんですか? おかしくないですか? 清掃中っていう掲示も無かったし」
……あ、言われてみれば、よくトイレ清掃中に立てるカパっと下の部分を開いて地面に置いて立てる「清掃中です」という黄色い立て札みたいの、あれを出しておけば良かったな。てか、掃除用具入れにあったかな? 見落としていたかな?
「オジサン、見かけない人ですね。先生でもなさそうだし、本当に清掃員ですか?」
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