第156話 世の中は誰かの仕事でできている


 そういえば以前、新聞の読者投稿だかで、登山部の女子高生が「山のトイレが汚いので、なんとかしてほしい」と訴えていたという問題が持ち上がったことがあるな。


 つまり、そこから何が読み取れるか。


 トイレというのは、誰かが掃除しなければ、あっという間に汚くなってしまうこと。


 逆説的に言えば、普段俺たちやそのJKたちが使っているきれいなトイレというのは、誰かが掃除してくれているから清潔が保たれていること。


 山のトイレが汚いというのならば、誰かが掃除すればいい。


 誰が?


 山ってことは、そこまで大変な登山をして、体力消耗しながら、トイレを掃除しなければならない。


 平地でトイレ掃除をやってくれているパートのおばちゃんじゃ無理だろう。山に登り降りする体力が無い。膝が痛くて通販で買ったグルコサミンのサプリに頼っているようじゃ、山のトイレに到達すらできないのだ。


 で、そのパートの賃金で、体力的にキツイ山のトイレ掃除なんて、誰がやりたがる?


 トイレ掃除が罰、という考え方は改めた方が良い、というのが俺の考え方ではあるけど、さすがに低賃金でのブラック労働というのは、栄光在る大日本帝国の挙国一致での罰ゲームなんじゃないかと思ってしまう。


 じゃあボランティアか。


 でも、山登りのできる体力のある人、という限定が付く時点で、ボランティア要員を探すのも一苦労だ。


 ボランティアが難しいならば、高い賃金を出せば、誰かやってくれる人はいるだろう。


 でも、誰がその高い賃金を出す?


 山のトイレなんて、掃除したところで利益なんか生み出さない。


 誰もお金を出したがらない。ビジネスにならないからね。


 じゃあ、こういう時にお金を出すべきは誰か?


 答えは簡単。そのトイレの利用者だ。


 山に登ってそのトイレを利用する女子高生が、一人一回登山するごとにトイレ掃除料金として1万円くらい払えばいいじゃね? 金額は根拠の無いテキトーだけど。


 お金を出すのがイヤだったら、もっといい方法もある。というか、究極の方法がある。


 山に登る女子高生本人が、トイレ掃除用具を持参して、その場で自分でトイレ掃除をすればいいのだ。


 そうすれば自分はきれいなトイレを利用できるし、他の登山客にも感謝される。万々歳だ。


 ここで邪魔になるのが「トイレ掃除は賤しい仕事で、自分がやるべきことじゃない」という、登山部女子高生の選民思想だよな。そういうふうに「トイレ掃除はカースト制度の下層民がやることだ」という考え方になるから、トイレ掃除が罰である、という考え方は改めるべきなんだよ。


 ……ああでも、俺はトイレ掃除をやりたいわけじゃないぞ?


 総理大臣に適したやりたい人が総理大臣になって、俺が居た日本では体の大きい男の中で相撲をやりたい人が相撲取りになって、こっちの世界では相撲をやりたい女が相撲取りをやって、トイレ掃除に適したやりたい人がトイレ掃除をやればいい。適材適所だ。


 俺はあくまでも、フォークリフトの運転手というのが天職だと思っているし、それをやりたい。フォークリフターだって世の中に必要な仕事だ。世の中は誰かの仕事でできている。だから早く製麺工場に復活してほしかった。


 でも現実には、やりたいフォークリフターをやらしてもらえず、相撲部監督の仕事をやっている。それが現実ってもんだ。誰もがやりたい仕事を奉職できるわけじゃない。


 更には、相撲部監督なのに、今現在は相撲の指導をやるわけではなく、掃除を任されたわけだが。


 でも俺は、任されたからには、やるしかないし、やるからには、まあそれなりに頑張ってやるつもりだ。トイレ掃除を、やりたくてやるわけじゃない。トイレ掃除が高貴な仕事だなんて無駄に持ち上げるつもりも無い。が、だからといって、登山部女子高生みたいにトイレ掃除を見下しているわけじゃないってことだ。


 そんなことを漠然と考えながら、俺は旭川西魔法学園の校舎に入った。上履きが無いから、来客用の安そうなスリッパを履く。


 ぺたぺたとスリッパの音を立てながら廊下を歩いて向かうは体育館だ。


「へー。ここが国技館か。まあ確かにでかいな」


 旭川西魔法学園の体育館の中に入った俺は、周囲を見渡して呟いた。


 特に変わったものではない。見慣れたテレビで風景だ。どちらかというと、両国国技館で開催される東京場所ではなく、地方の巡業が近いんじゃないだろうか。観客席が高くなっていて中央の土俵が低い、という観覧に最適化した環境じゃない。


 中央に土俵がある。……てか、もう既に用意されていたのか。


 周囲が観客席ってことになるのだろうが、あくまでも平地だ。そりゃ、普段は体育館として使うんだからな。真ん中の低くなった場所に土俵だけじゃ、相撲だけしか使えない。


 吊り屋根は無い。そこは、俺が元居た世界の本格的な大相撲とは違うようだ。


 だが、ここは疑似とはいえ、国技館だ。この土俵で取る相撲は聖地で行われるものだ。例えていえば、高校野球ならば甲子園球場で開催される全国大会みたいな。


 だから、男の俺は土俵に上がることを禁じられている。


 プレハブの相撲部の方は、例外的に土俵に入れてもらったけどな。その後、土入れ替えとかなんとか面倒なことをやっていた奴もいたけど。


 俺は土俵の脇に立って、設えられた土俵を見上げた。


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