第132話 戦利品の行方

「実際のところ、こうして魔族の方を縛り付けてその辺に転がしているではありませんか。これからどうするおつもりだったのですか? 神社の境内に穴を掘って埋めて殺害するとか、そういうおつもりなのではありませんか?」


 違う。


 だが、当たらずともいえど遠からずだ。鮭の稚魚みたいに川に放流しようとしていた。それが、俺たち的には人権的処置だったんだけど。……そりゃまあ見た目的には、事情を知らない人から見たら虐待しているように思えてしまうだろうけどな。


「ですから、わたくしが預かります、と申し上げているのです」


「反対。断固拒否、よ!」


 クロハが即答する。クロハの立場からすれば、ようやく確保したテロリストを裁く前に身柄を収奪して連れて行くと言われているようなものだ。


「そちらに拒否権はありませんわ。なぜなら、わたくしの方が相撲で勝ったのですから、こちらの要望を聞いていただきます」


「何をバカなことを言っているのよ。魔封波で魔族を封じて魔力を奪って無力化したのはこっちなのよ。たまたま不意打ちで赤良に相撲で勝ったからって、戦利品をほいほい渡すわけがないでしょう」


「戦利品って、物扱いですか。まあ、そちらが物扱いするというならそれでいいでしょう。そちらに分かり易く言えば、東神楽町が勝ったのだから戦利品はこちらに渡すべきだと申し上げているのですよ」


「だから、東神楽が勝って旭川が負けたわけじゃないでしょう! 人口30万人の旭川が人口1万そこらの東神楽に負けることは無いに決まっているんじゃないのよ!」


 まあそりゃ、人口の多い中核市と、その周辺のベッドタウンである衛星都市という関係で、衛星都市が中核市に喧嘩を売るケース自体があまり考えられる事態じゃないよな。


 でも、俺が居た世界では、人口190万人の大都市が人口6万人そこらの衛星都市にプロ野球球団の誘致で負けたことがあったな。こちらの世界でそういう事実があるのか無いのかは知らないけど。俺の知る限りでの、最大戦力差でのあり得ない大敗だ。ミッドウェー海戦か、或いは中国史における淝水の戦い以上の大逆転劇だよ。


「そもそもの話、相撲に勝った方が魔族の所有権を得るなんて約束はしていなかったでしょうが! そういう後出しジャンケンは卑怯よ!」


「負け惜しみですね。正直申し上げて見苦しいと言わざるを得ません」


 クロハとナツカゼの口論はどこまで行っても平行線でパラレルワールドだ。だけど、言い合いが続けば続くほど、俺が相撲で負けたという事実だけが浮き彫りになってくる。


 だから。


「……クロハ、もういい。魔族の梅風軒さんの処遇は、このナツカゼにやらせてみればいい」


 味方から、ナツカゼに利する発言が出てくるとは想定していなかったのだろう。虚を突かれたように、クロハは一瞬沈黙した。


「俺が負けたのは事実だよ。俺が負けたってことは、クロハが取っていたとしても恵水が取っていたとしても、どうせ負けていただろう。二階堂さんならまわしの有る状態で対戦していれば勝ったかもしれないけど、まわし無しなら分からなかった。相撲は神事であると同時に今はスポーツでもある。負けたなら負けたと潔く認めるべきだ。ヘタに文句を言ったところで、見苦しくて格好悪いだけだ」


「ちょっと赤良。負けたからといって、魔族を引き渡すかどうかは別問題でしょ?」


「確かに別問題って言えば別問題だ。だけど俺は、このまま川に放流するっていうのも問題だと思っていた。他に適切な処遇が思いつかなかったから、つい状況に流されてしまっていたが、戦争にもルールがあるように捕虜であっても国際法に則って人権は守って適切に扱うべきだろう」


「だから魔族は人間じゃないから人権は無いって何度も……」


「クロハよ、なんだかんだ理由をつけて渋れば渋るほど、実際に負けた俺がみじめになるだけなんだよ。向こうが戦利品として魔族を引き取るって言っているんだし、こちらとしては厄介払いみたいな形だし、それでいいじゃないか」


 クロハは、漢詩じゃないけど絶句していた。


 クロハだけではなく、見回してみれば恵水も、二階堂さんも、ちょっと信じられないわ、といった表情を顔に貼り付けてその場に固まっていた。……そ、そんなに俺の提言したことが意外だっただろうか? なお、縛られている魔族の梅風軒さんも、猿轡などで口を封じられているわけではないので、喋ろうと思えば自由に言葉を発することができるはずだが、自分の微妙な立場が狂うと困るからだろうか、沈黙を貫いていた。


「あら、旭川の側にも、話の通じる方がいらっしゃるのですね。それが指導者の監督というのなら、強化もそれなりに上手く行く目処が立ちそうですわね。わたくしたち東神楽の足を引っ張られては困りますので、旭川の相撲は、もっと強くなっていただかないと。わたくしたちが次にお会いするのは日本の本土の上川神社かその近辺でしょうから、それまでにお互いレベルアップしていることを期待しておりますわ。それではヴェガ! もう出てきてもいいですよ!」


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