第131話 感想戦


 負けた悔しさよりも、油断して本気を出し切れなかった後悔の方が強い。相手が突き押し相撲が得意だと朧気には感じ掛けていたんだけど、もっと明確に最初から分かっていれば、こんな不覚はとらなかったのに。


 ……とはいえ、全ては終わった後の言い訳でしかないな。


 俺は負けた。


 それは認める。認めざるを得ない。事実だからな。


 だが、勘違いしないでほしい。俺は負けたけど、それは俺個人が気の緩みも含めて力不足だっただけだ。


 旭川が東神楽に負けたわけじゃないぞ。


 悔しさは別にして、相手も確かに強かった。それは認めるべきだろう。


「ナツカゼって言ったか。アンタ、なかなか強いな。いい突っ張りしていたよ」


 スポーツマンらしく、俺は対戦の終わった相手を称えた。が。


「あなた、勘違いしておられますわね。負けたあなたがこちらの相撲を賞賛して評価することなど、必要とされておりませんの。勝ったわたくしが、あなたの、ひいてはあなた方旭川勢を評価する立場なのですよ。ご承知おきくださいな」


 ナツカゼの奴、いちいち言うことがこちらの神経を逆撫でするというか、勿体ぶって偉ぶりやがって。


「ですが、悪くはないですわね」


 お?


「あなた、取ってみたところ、四つ相撲が得意のようですね。今回はまわし無しの取り組みなので、右四つなのか左四つなのかは分かりませんが、今回はもろ差しを狙っていたようですね。まわしが無いという状況をだかいする判断力は、なかなかのものと見ました」


 さすがに相手は、俺の得意の型がもろ差しだというところまでは分からなかったようだ。だが、もろ差し狙いだということは見抜いたのは、さすがである。


「立ち合いで二本差すことに失敗した時点で、それほど動揺することなく突っ張り返すところも臨機応変ができていて、悪くないです」


 ま、俺はこれでも相撲部監督だからな。自分が力士として相撲を取るわけではなくても、それなりに取ることができなければ、教えることも十分にできないし、教えたって説得力なくなっちゃうからな。


「あなたの突っ張りは、残念ながらあまり威力を感じませんでした。が、突っ張り自体が、私が女子高生だということに配慮してか、遠慮がちというか、控えめというか、本当に全力を出し切っているという感じを受けませんでした。ただし、喉輪が入った時は本気をかなり出していたように思いました」


 そういったところも見抜くとは。相手も、決して口先だけの力士ではないことは、このやりとりだけで分かる。


「ただまあ、その喉輪攻めを、肘をおっつけられただけで腋が甘くなってしまったのは、経験不足を感じましたわ。おそらく、それまで良い動きをしていたのは、ある程度天性の才能に頼っていたと判断してもいいのかなと思いましたわ」


 経験不足か。実際のところ俺は相撲経験なんて無いからな。幼い頃に公園でハワイアン大王波を撃つ練習はたくさんしていたから、そっちは経験豊富だけど。ただし撃てないが。


「あなたの教え子ということなら、そちらの三人の生徒とも、ちゃんとまわしを付けた状態で、対戦してみたいですわ」


 俺自身の相撲の実力よりも、教え子たちの方を認めてくれたのは、素直に嬉しい。


 夜風で乱れた前髪を指先で直しながら、ナツカゼは視線を横に外した。そこに居るのは。


「ところで、こちらで縛られている方は、魔族ですよね? どういうお立場の方なのでしょうか」


 どういう立場もへったくれもあるか。スパイ、のようだぞ。


「魔族を亀の甲羅縛りして、辱める。これは、相手がいくら魔族とはいえ、著しく人権を侵害しているのではございませんか?」


「魔族に人権は無いでしょ」


 クロハが反論する。こっち側の人間は、旭川市民であっても東神楽町民であっても、人権人権ってよく言うな。というかむしろ、俺のいた現代日本の方が、人権とはどういうものなのか蔑ろにされていたんじゃないかと、今更ながら思うようになってきたわ。


「魔族に人権が無いと主張されるのであれば、それはそれでいいでしょう。やっていることは、ある意味動物虐待と同じではありませんか? 動物には人権はありませんが、だからといって、どんな残虐な行為を行って良いというわけではありません。あなた方、相撲については実力を認めないではありませんが、魔族に対する処遇については、考え方に相異があるというか、相容れないものがあるようでございますね」


 そう言いながら、靴を履いたナツカゼは、亀の甲羅縛りをした魔族の美女に向かって歩いて行った。俺と二階堂さんの二人がかりで棒で担いで運ぼうとしていた矢先に、ナツカゼが乱入してきたので、魔族の美女はその場に放置したまんまだったわ。


「そういうことですので、こちらの魔族の方の今後の処遇について、あなた方にお任せするわけにはまいりません」


「はあ? 何を言っているのよ。何の権利があって、私たちに口出ししているのよ」


 クロハがつっかかる。


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