第133話 キラキラ星ネーム


 ナツカゼが、虚空に向かって、というよりは、神社の境内の端の方に向かって大きな声で呼びかけた。


 ヴェガ?


 なんだそりゃ?


 と、心の中で生じた疑問に対して何のアプローチもできずにいる間に、答えが先に出現することになった。


 境内にのぼってくる石段から、一人の小柄な女の子が、足元が若干覚束ない足取りで昇って来たのだ。


「夏風先輩、カカオ77%チョコレートって、あまり甘さを感じないですね。カロリーはちゃんとチョコレートとして高いのかもしれないけど、甘さがイマイチなので、食べてもあまり体力を回復できた気がしないです」


 ナツカゼのことを先輩と呼んでいるからには、東神楽高校の後輩ということだろうか? 参道に並ぶ灯籠の淡い光の中で窺える顔は、目はぱっちりしているもののやや童顔気味だ。ショートヘアの髪の毛は黒いし、顔立ち的にも普通に日本人だとは思うけど、なんでヴェガなんて名前で呼ばれているんだろうか。ニックネームにしても、相撲部なのに横文字のニックネームとは、という感じである。……それにしても……


「ヴェガ。日本のスイーツはなんでも甘さ控えめ、っていうのが売りなんだから仕方ないでしょ。健康ブームでダイエットや低カロリーがもてはやされていて、魔法を使った後の体力回復のための高カロリー食品が欲しい時に困るけど」


「……それにしても、な、仲間が居たのか……」


 夏風とヴェガのやりとりを聞いて、最初に感じたのが、これだ。


 隠れていたのだろうけど、全くヴェガの存在に気づかなかった。


 そりゃ、俺はアニメに出てくるようなハワイアン大王波を撃てるような戦士とは違うから、相手の存在を気を読むことによって察知するとか、そういう超能力的なことは無理なんだけど。


 ここまで、夏風は、仲間の存在など全く臭わせていなかった。あくまでも単身でこの旭川の都市艦に乗り込んで来たかのように振る舞っていた。


 ……そういや、思い出してみれば、俺が30年ほど昔に見たアニメの中の展開でも、魔封波を放った後、「仲間が居たのか! 危ないところだった……」という展開があったな。そのアニメとは違って現実では魔封波も成功しているし、その仲間が何か危険な不意打ちをしたわけでもないけど。


「あー、旭川の高校のみなさんには、お初にお目にかかります。東神楽高校、相撲部、一年の、木村ヴェガと申します。漢字で琴座と書いて、ヴェガ、と読みます」


 名字はありふれているのにキラキラネームかよ。


 野暮なツッコミだとは重々承知しているけど言わずにはいられない。ヴェガというのは、琴座の中の星の一つだ。一等星だから目立つだろうし琴座の象徴とも呼べるだろうけど、それが琴座全体とイコールではないぞ。なのに、漢字で琴座と書いてヴェガと読ませるのは、無理矢理というかなんというか。まあそもそもキラキラネームなんて、無理矢理じゃないものは一つも無いけどな。無理矢理だからキラキラネームなんですし。


 言ってしまえば、小熊座と書いて北極星と呼んでいるみたいなもんだな。あるいは大熊座と書いて北斗七星と呼ぶとか。


 そういや、ヴェガって、七夕の織り姫様の星じゃなかったっけ。そういう意味ではお姫様キャラなので、いい名前なのかもしれない。……でもそれだったら、琴座なんて漢字を無理に当てるんじゃなくて、カタカナで素直にヴェガ、っていう表記で良かったんじゃないのか、と俺は思ってしまう。


 昭和生まれのアラフォーオッサンの考えだから、保守的なんだろうか?


 平成生まれの若いお父さんお母さんにとっては、そういうキラキラネームの方がいいのかな。


 ……まあいいや。どうせ俺は非リア充のボッチで、彼女もいないし妻もいないし当然子どももいないので、自分の子どもにどんな名前を付けるかどうかについて論じても始まらないし、単に空しいだけだわ。


 ……それで、その、、キラキラネームの木村琴座さん、随分体力を消耗して弱っているように見えるんだけどねぇ。


「今日は、もう魔法を使っちゃったので、体力を消耗していて相撲は取れそうにありませんが、いずれ、旭川の高校のみなさんとも取り組みしてみたいですし、本土奪還作戦の時には一緒にがんばりましょう!」


 実はわりとグロッキー気味の顔の表情ではあるが、それでもにこやかに、琴座さんは俺たちに向かって挨拶した。


 ……うーん、よく分からないけど、ナツカゼの態度を見ていると東神楽の連中はあくまでも旭川の敵という印象しか受けない。けど、今の琴座さんの態度を目の当たりにしたら、俺たちはお互いに敵ではなく、あくまでもライバルであり、日本本土を取り戻すという目標のためには共闘する仲間だということを再認識した方がいいんじゃないかと思える。


 どうすりゃいいんだ?


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