第115話 ざまぁ


 空間に描かれた時計回りの渦。その中に巻き込まれて、魔族の女もぐるぐる回った。これはアレだ。ムンクの名画の叫びみたいな図式だ。


 しかし、ここからどうするのだろう? アニメでは、お札を貼った密閉容器の中に魔族を閉じ込めて封印していた。でも、クロハの奴、密閉容器なんか何か持ってきていたか?


「せぃゃぁああああぁぁぁぁあぁあっ!」


 クロハは一本ちょいの両腕を駆使して緑漲る渦を操り、さっき俺が土俵入りをしていた屋根付き土俵の方へ誘導した。


「はああああっ!! 屋根つき、土俵が、あるから、この場所を、選んだの、……よ」


 魔族の女は、土俵の中央、仕切り線は描かれていないけれども仕切り線の丁度真ん中くらいに、あぐらをかいた格好で座っている。どういう現象なのか、魔族の女の体の周囲で、ぱちっ! ぱちっ! と強めの静電気が三秒に一回くらいの回数で散っている。


「ど、どうよ、魔族。土俵の、中だから、動けないでしょ。こっちの、勝ち、よ」


 切れ切れの言葉を発したクロハは、そのまま膝から前に崩れて、俯せに地面に倒れた。


 バタッッ!!


「クロハっ!」


 俺は倒れたクロハに駆け寄った。ま、まさか、アニメに出てきた武闘家のように、力尽きて死んでしまったのか? 女神が死ぬのか?


「クロハ、クロハ! 返事をしろ! マジで死んでしまったのか?」


 うつ伏せに倒れたクロハに駆け寄った俺は、クロハの名前を大声で幾度も叫んだ。


 おいおい。


 魔封波はアニメでは、ラスボスともいうべき強敵の大魔王を封印するための技だったんだぞ。


 でもこちらの世界では、多数の魔族たちが跳梁跋扈しているんだろう? ここにいる美女の魔族だって、潜入してきたスパイの一人であって、魔族のラスボスではないはずだ。


 末端の一人を封印するために人間の魔法使いが一人犠牲になっていたのでは、洒落にならんぞ。


「か、かってに、ころさな、いでよ、ね」


 虫の息ではあるが、クロハが言葉を発した。うつ伏せで顔の表情が見えなかったが、首をひねって横を向いたので、かろうじて表情が窺えるようになった。唇が紫色になっているのが、暗い中でもなんとなく分かった。でも、死んではいない。


 い、生きているのかよ。アニメの設定が設定だったから、心配したじゃないかよ。


「魔法、を使った、から、力つきた、だけ、よ。アイスでも、食べて、しばら、く、休め、ば、回復、する、から」


 魔法だったのか。魔貫光殺砲も魔封波も、技の根拠は魔法か。便利といえば便利だし、からくりが分かってしまえば味気ない感じもする。


 残念だが、この場にアイスクリームは無い。


 あ、でも待てよ。確か紙袋に入った羽二重餅があったよな。確かクロハに渡したはずだけど、まさかずっと紙袋を持っていたということもなさそうだし、どこかに置いてあるはずだが。


 あったあった。土俵の屋根を支える四本の柱の内の一本の根本に紙袋が置いてあるじゃないか。


 クロハの好物は本当はアイスクリームらしいけど、消耗した体力を回復させたいこういうケースではカロリーのある甘い物であれば、たぶん何でもいいはずだ。


 俺は柱に駆け寄って紙袋の中から箱を取り出し、そこから更に個放送されている羽二重餅を取りあえず三個ほど手に取って、まだ幾つも羽二重餅が中に残っている箱は、いったん紙袋の中に戻した。クロハのところに走り戻ろうとして、どうせなので、紙袋ごと持って行くことにする。


「クロハ、アイスクリームは無いけど、羽二重餅ならある。これを食べろ。喉に詰まらせないように、よく噛んでだぞ」


 個包装を破り、中から取り出した柔らかい羽二重餅を手で半分に千切って、クロハの唇に近づける。紙袋は地面に置いた。


 クロハは羽二重餅を口の中で噛んで、嚥下した。どうやら食べることができるらしい。続けて、残ったもう半分も食べさせる。


 箱から出した個包装三つ分の羽二重餅を全部食べさせるには、それなりに時間がかかってしまった。だが、カロリーを摂取したことに加えて時間が経過したこともあって、クロハは普通に会話をできるくらいには回復した。


 偶然の産物だったけど、結果的には羽二重餅を持ってここに来たのは正解だったな。俺の先見の明を褒め称えてもいいんだぞ、皆の衆。


「ふん、いい気味ね。動けないでしょ? 聖なる土俵の中だからね。魔族は封印された格好になって、身動きが取れないのよ。ざまぁ見ろって感じよね」


 うつ伏せに倒れていたクロハは、今は地面に座り込んだ形で、土俵の中央に座ったまま動けずにいる魔族の女を高慢な態度で指さした。


 なんだ、急にざまぁ要素が出てきたな。あっちの世界のアニメでも、異世界に転生した主人公が最初理不尽に扱われるんだけど、その憎いヤツをチート能力で見返してざまぁするのがトレンドになりかけていた。


 でも、ざまぁしているのはクロハであって、俺じゃない。


 別に俺は、魔族の女がひどい目に遭ったとしても、それほどざまぁとは思わないかな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る