第114話 泰山北斗


 気を貯めながらも、魔族の美女はご丁寧に説明してくれた。


 あの女、律儀で、性格は悪い奴じゃないようだ。あれだけ美人でセクシーだし、魔族と人間という種族の差異さえ無ければ、マジで恋人にしたかったかも。


 でも、魔貫光殺砲のような強力な技を、一日一発ではなく何回も繰り返せるなんて、反則だろう。チートだろう。チートっていうのは、異世界から転生してきた俺にのみ許されることなんじゃなかったの?


 しかし、この技は、気を貯めるのに時間がかかるのが短所だったはず。


 相手が魔貫光殺砲を撃って、それを回避して、次の気を貯めるまでに相手に肉薄して、押さえ込んでしまえば、こっちの勝ちが見える。


 次の一撃を回避できるかどうかが勝負だ。


 魔族の女の指先だけではなく、全身が淡い紫色の燐光に覆われて、闇の中でぼうっと光っている。神社の境内ということもあって、ある意味神秘的で、ある意味不気味な光景である。


「あなた、私のような美女に惑わされてまんまと利用されてくれる単純さで、嫌いじゃなかったわよ。本物の実力を食らいなさい、魔貫光殺砲!」


 夜風が通り過ぎる神社の境内の参道で、魔族の女が俺の心臓あたりに向けて右手の指二本を指向した。


 今だ!


 俺は右にステップして、そこから更に地面に転がった。背中に小石が当たって痛かったが、そんなことを言っている場合ではなかった。


 その場で立ち上がろうとして、首筋の後ろが焦げるような危機感というか焦燥感のようなものを感じて、更に右に大きくジャンプして、でんぐり返しの要領で四回ほど地面を前方向に転がった。


 俺が立ち上がろうとした場所を、光線が通り抜けるのを、視界の隅で把握した。やっぱり。相手は俺が回避するのを予測して、避けた先を狙って撃ったのだ。


 今がチャンス!


 二回、大きく回避したので魔族の女との距離は開いてしまっていた。だけど、気を貯める時間を考えると、ダッシュで迫れば次の一撃が飛来する前に魔族の女に抱きついて押さえ込みに持ち込むことができるはずだ!


「魔貫光殺砲!」


 やべえっ!!!!


 急ブレーキで止まって、今度は左に動いて、その場にあった立木の陰に隠れる。


 その木の、低い位置にあった枝を幹からこそげ取るようにして、魔貫光殺砲の光が切り裂いて彼方へと消えて行った。


 ちょ、ちょっと待てや。今、魔貫光殺砲を連続で撃ったぞ? 複数回撃てる、っていうのはまあ納得するとして、気を貯めるためのタイムラグが無かったんだけど……


「今のも、よく避けたわね。本当にいい動きをしているわ」


「何故だ! どうして連続で撃てる?」


「気を貯めるのは、全身に気が巡って力を無尽蔵に引き出せるようにするために必要な時間よ。言うなれば、野球のピッチャーがウォーミングアップのためにブルペンで投球練習をして肩を温めるのと同じようなものよ。一度出来上がってしまえば、あとは本当に体力が尽きるまで、試合用の本気の投球をすることができる。そんな感じよ」


 な、なんだって?


 じゃあ、今まで撃っていた魔貫光殺砲は、投球練習の球みたいなもんだったのか。


 これから先は、試合でバッターに向かって投げる本気の球が、連続で来るというのか。


 やべぇだろ、それ。チートもはなはだしい。どういう設定になっているんだ。


 魔法が存在する異世界で、でも人間は一日一回しか現実的に魔法を使えなくて、でも敵の魔族は準備運動の時間さえあれば、何発でも放てるとか。


「どうしよう! これじゃ近づけない!」


 つい呟いた台詞が、偶然にも動物擬人化アニメの2期の名セリフをトレースしたものになった。それにしても俺、擬人化アニメ好きだよな。というか現代日本のオタク向けアニメのトレンドが擬人化なんだろうな。戦車、佐賀県、動物、みんな擬人化だ。


「ふっ、これだから、魔族は愚かね」


 やや離れた場所から声が聞こえた。クロハだ。怪我のせいか、かなり弱々しい。


「赤良を狙う前に、私に確実にとどめを刺しておかなかった。それがあなたの敗因よ!」


 つい、そちらに視線が行ってしまった。隻腕となってしまったクロハは、それでも立ち上がっていた。


「魔貫光殺砲が歴史修正かどうかは、後世の歴史家が正しく判断してくれるはず! そして、魔族を封印するための技があることも忘れないでほしいわね! 食らいなさい、魔封波ぁぁぁぁぁあああああっっ!!!!!」


 叫びと共に、クロハは両手を前に突き出した。といっても左腕は半袖分だけしか無いが。


 クロハの両手から、緑色の光の渦が発せられた。それは巨大な抹茶羊羹のように魔族の女に押し寄せ、捕捉した。と同時に、波自体が神社の境内の空間で、時計回りに大きな渦を描き始めた。


 これは、昔、アニメで観た魔封波そのものじゃないか! まさか、転生した先の世界で継承者が存在するとは!


 で、でも……


 この技って確か、魔族を封印するための容器が必要なんじゃ……


 それに、魔族の封印に成功した失敗したにかかわらず、術を使った武闘家は、泰山北斗の達人だったにもかかわらず、力を使い果たして死んでしまっていたはずじゃ……


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