第111話 待ち魔族は来たらず


「んー、、、、、、、、」


 土俵のリングの東方から一歩外に出た場所に立ったまま、俺は周囲をキョロキョロと見回す。不気味な境内だが、不審な人物は見あたらない。


 しばらくそのまま、無言で待つ。10秒、20秒、30秒、、、、これじゃ将棋の一手一分以内みたいじゃないか。


 クロハも黙って立ったまま待っている。


 だけど、あの青い車のセクシー女は来ない。来る気配も無い。


 そもそもあの女、本当に魔族なのかな、という根本的な疑問も再び鎌首をもたげてくる。


「、、、、おいクロハ。全然来ないじゃないか。土俵入りやったけど、これ本当に効果があったのか?」


「なによ。そこから疑っているの? それを言ったら、あなたは人間なの? 普通の人間はトラックにひかれたら死ぬでしょ。普通の人間は異世界に転生しないでしょ。あなたは人間なの?」


「うっ、、、、、、そういう哲学的な問題としてとらえられると」


 言われてみると、俺、もう人間やめているのかもな。それこそ、佐賀県擬人化アニメに登場していたようなゾンビと似たようなものかもしれない。


 ああいやいや、そういうことじゃない。危うくクロハの言葉に韜晦されて騙されるところだったぞ。


「そうじゃなくて。あの女は、いつ来るんだよ? あの女が魔族であることは、もはや今更疑わないでおいてやるし、俺の土俵入りの効果があることも疑わないでおくよ。疑っちゃったら寧ろ俺が虚しいだけだしな」


 あの女は来る。きっと来る。きっと来る。


 なんかテレビ画面から這い出てきそうな雰囲気もあるが。もちろんここにテレビなんぞ無いし。


「あのねえ。常識で考えてほしいんだけど、魔族といえども、瞬間移動能力があるわけじゃないと思うのよ。そんな便利な能力を持っていたら、わざわざ車を運転する必要は無いでしょ。だから、今あの女が旭川市内のどこに居るのかは分からないけど、ここで土俵入りが行われていて魔族にダメージを与えていることに気づいて、それから慌てて駆けつけるわけだから、もうしばらくは時間かかるでしょうね」


 なんだよ。魔法的な効果で召喚するわけじゃなくて、相手がこっちに物理的に移動して来訪するのを待つのかよ。


「時間がかかるからには、その時間を無駄にする必要は無いわ。赤良、女が来るまでの間、ずっと土俵入りを繰り返して続けて。何回もやればやるほど、相手にダメージが蓄積して弱っていくはずよ」


「まあ、土俵入りくらいは、そんなに体力を消耗するわけじゃないから、やってもいいけどさ」


 俺ばかりが働かされてクロハは眺めているだけ、というのが、なんとなくムカつくっちゃムカつくわな。


「俺だけじゃなくクロハも土俵入りやればいいのに。聞いた話だと、こっちの世界では、男は力があるから狩猟で、女は呪術的なこと、というところから女相撲が始まったんだろ? だったら天地に奉納する土俵入りも女がやった方が効果が高いんじゃないの?」


 大げさに、クロハはため息をついた。そして両手を「オーノー」って感じに広げて、首を左右に振った。なんか、こういう仕草だけは外見に相応しく外人ぽいな。


「これだから思考能力の無い男は嫌いよ。女が四股踏みをすればそんな簡単に魔族にダメージを与えられるなら、私も恵水も、あるいは余所の学校の相撲部も、みんな毎日稽古の中で四股踏みをやっているのよ。その時点で魔族は滅亡しているでしょ。ただ漠然と四股踏みをするのではなく、赤良みたいに、具体的な相手の魔族と接触して縁ができた人が実施するから、初めて効果を発揮するのよ」


 仮に、クロハの説明が本当だとしたら、俺が魔族に騙されて利用されてしまったことも、怪我の功名として役に立たせることができる機会が今ってことか。


 まあいいだろう。魔族に利用された分を取り返すには、女神であるクロハに利用されればいいってことか。


 俺は、かつて子どもの頃、夕暮れの公園でハワイアン大王波を撃つ練習を何回も何回も繰り返しやっていたことを思い出した。


 努力が必ずしも実を結ぶという保証は無く、アラフォーまで生きてきて一回死んで転生した今に至るまで、ハワイアン大王波は撃てていない。


 今度は土俵入りの番だ。これで本当に魔族を地に封印するダメージを与えることができるのか。


 円の内側に入り、土俵中央に向かって軽く一礼した。ここから、再び雲竜型土俵入りの始まりだ。


 柏手を打ち、四股を踏み、足をにじってせり上がる。


 幾度、その手順を繰り返しただろうか。


「へぇ、へぇ、まだ、来ないのかよ?」


 さすがに休み無しで土俵入りを繰り返していると、疲れてきちゃった。


 俺はまわしも着用していないし、化粧まわしもなければ、あのぶっとい綱も巻いていない。


 本物の横綱は、どれだけ重さがあるのか知らないけど、あの重い綱を巻いた状態で、頭と同じくらいの高さに足を上げて四股を踏むのだ。貴乃花とか、マジですごかったんだなあ……


「赤良! 来たみたいよ!」


 百舌鳥のように鋭く、闇を破ってクロハが声を発した。


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