第109話 フォークリフター城崎赤良の土俵入り


 なんだよ。俺は今後常に、何かあるたびに、今回の件で利敵行為をしたとして弾劾を受けなければならないのか? 重い十字架を背負ってしまったのか? 俺、どこまで女運が無いんだよ。


 それはそうと、俺も戦力の内かい。そりゃもちろん、普通に肉弾戦の戦闘だったら、普通の女に負けるようなことは無いと思う。二階堂さんにはナチュラルに負けそうだけど。


「まあ、戦うことについては、100%納得したわけじゃないけど、それなりの勝算をクロハが持っていることは理解したわ」


 あくまでも勝算を持っているのはクロハだ。俺じゃない。


「でも、それ以前の前提の問題として、どうやって、魔族だというあの女を呼び出す?」


「そこで赤良の出番よ。ここの土俵も男子禁制ではあるけど、誰も文句言う人はいないから、あなたが中に入って土俵入りをしても大丈夫よ」


 なんだ、俺を使っておびき寄せるのか? 俺がフェロモン役かよ。


「何回も言っているけど、相撲というのは天の神に感謝の祈りを捧げ、地に潜む魔を封じ込めるためのもの。上は神を祀り下は魔を制する。土俵入りは、その魔を制する象徴的な儀式なんだから」


「それを、俺がやるのか? 今から?」


「そうよ。それしかないでしょ。だから、靴を脱いで靴下も脱いで裸足になって」


「服は脱がなくてもいいのか?」


「、、、、、、ちょ、なんで脱ぎたがるのよ? 露出狂?」


 クロハが顔を赤らめた。いや、距離の離れた灯籠の明かりだけでは微妙な肌の色の変化なんて分からないけど、まあ間違いなくこのシチュエーションは赤面しているぞな。


「脱ぎたがったんじゃねぇよ。相撲って、普通は裸にまわし一丁だけでやるだろう? だから脱がなくていいか確認しただけだよ」


「何を言っているの? レオタードを着た上にまわしに決まっているでしょ。なんで裸になってやるのよ。ヘンタイなの?」


 ……はっ!


 しまった!


 裸にまわし一丁は、俺が元居た世界の男の相撲の話だ。


 相撲が女子の嗜みである、こっち側の世界では、レオタード着用が当たり前だよな。すっかり失念しとったわ。すみませんねん。


 そういうわけで、俺は靴と靴下を脱いで、柱の側に置いた。衣服はそのままで、土俵の円の内側に入った。


 屋根があるとはいえ、屋外の土俵だ。


 神社巡りが好きな俺は、あちらこちらの神社で土俵を見たことがあるが、田舎の神社は大抵整備されておらず、荒れ放題だ。土俵の上が平らじゃない。ボコボコになっている。それで酷いところだと草がボウボウに生えている。それが普通なのだが。


 ここの神社の土俵、すごいじゃん。きれいだぞ。さすがに仕切り線は描かれていないけど。


 でも土俵の上は箒できれいに掃き清められている。俵も、ビニールで覆われたものではあるけど、ちゃんと円を描いている。


 この土俵の上なら、裸足で歩き回っても足の裏を怪我することは無いかな。


「……で、土俵入りをやれって? どういうこと?」


 土俵に入ってから今更だけど、柱の一本の側に立っているクロハに聞き返した。


「え、土俵入りって、知っているでしょ? 横綱が、露払いと太刀持ちを従えて土俵に入る儀式。それをやってよ、と言っているのよ」


 知っている。


 テレビの大相撲中継で観たことある。俺が子どもの頃は千代の富士、元号が昭和から平成に変わったその後は貴乃花の土俵入りが、足が高く上がっていて動きも美しさの中に力強さがあって、格好良かった。


 こっちの世界の女相撲にも、土俵入りってあるのかな?


 まあ、やれと言われても、俺の知っている土俵入りしかできないからな。


「雲竜型と不知火型があるだろうけど、雲竜型でいいよな?」


 いちおう聞いて確認した。


 これ、我ながらナイスな質問じゃないかな。


 この質問によって、こちらの世界に雲竜型、不知火型の土俵入りがあるのかどうかを確認できる。


「どっちでもいいわよ。そもそも、まわしも無いし化粧まわしも無いし、横綱の綱も無いし、露払い太刀持ちもいないけど、とにかく土俵入りのそれっぽい型を演じれば大丈夫よ。あくまでも儀式なんだから、それっぽい手続きを踏むことが重要なのよ」


 じゃあ、こういう場合は、神社の本殿の方を向いて土俵入りをするべきだろう。ということで、本殿の方向を北と仮定して、俺は東方に立った。参道に近い側だ。


 ええと、どういう手順だったっけ。


 昔、テレビで観た大相撲中継の、横綱土俵入りシーンを思い出す。


 まず、東方に立って、土俵の中央に向かって一礼。


 クロハは黙って見ている。文句を言わないってことは、大きく間違ってはいないのだろうから、このまま続けよう。


 そしてその場で蹲踞。で、両手を下から横に翼を広げるようにして斜め上まで伸ばして、そのまま同じルートで振り下ろす。


 ぱちん!


 両の掌が合わさり、柏手が鳴る。


 いい音だ。自画自賛。力強さと清冽さがある。静寂の境内によく響く。


 少し掌を擦り合わせてから、もう一度手を上げて、再び柏手。ぱちん!


 クロハ以外誰も見ている人はいないけど、俺も気が乗ってきたぞ。横綱千代の富士や貴乃花になった気分だ。


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