第108話 タカ派クロハ


 何段昇ったのかは分からない。いちいち数える精神的肉体的余裕も無い。石段が終わると、開けた境内に出た。石畳の参道が拝殿に向かって真っ直ぐ続いている。


 石畳の敷かれた参道から外れた左側に小さな手水舎があって、さらにその向こうに東屋のような四本の柱が屹立している場所があった。


「おお、屋根付きの土俵かよ。すごい立派だな」


 その柱の一本の脇に人影があった。参道の両脇に並び立っている灯篭の明かりで窺えるだけなので、シルエットになっている感じだが、クロハであることは間違いないだろう。


「遅かったわね、赤良」


「何を言っているんだクロハ。急にそっちから呼び出しておいて、遅いだなんて。こっちにも都合ってもんがあるんだよ。文句があるならそっちが家に来いよ」


 実際、二階堂さんと恵水は俺の一軒家に来たしな。


「いいえ、それじゃダメなのよ。土俵のある場所が必要だから。学校の部室以外だと、やっぱりここでしょ」


 俺は柱の側に佇むクロハの側に歩み寄った。


 クロハは、ちらりと、俺が左手に持つ紙袋に目をやったようだ。


「呼び出したのは、事態は急を要するからよ」


「事態って、そもそも何だよ?」


 俺は上を見あげた。四本の丸い柱が立っていて、その上には切り妻屋根と言っていいんだろうな、そういった屋根が付いている。テレビで見る大相撲中継では、いわゆる吊り屋根として天井から吊されているアレだ。とはいっても、四本四食の房飾りとか幕とかは無いけど。


「地下製麺工場が爆発テロ攻撃にさらされて、犯人は魔族。で、赤良。あなた、その魔族と知り合いでしょ? それで、都市艦の中では住みにくくなっているはず。そうでしょ?」


 さすがクロハ。女神である。ズバズバと核心を突いた発言をしてくる。


 こいつ相手に言葉を飾ったり事実をいつわったりしても意味は無いんだと思える。


「クロハの言うことが100%正しいとして、だったらどうするっていうんだ?」


「これは、魔族と人間の戦争なのよ。魔族との間に妥協は無い。ヤるか、ヤられるかのどちらかだけよ」


 物騒な発言だ。俺、転生した異世界ではスローライフが良かったかもな、と今更ながら思うわ。チート能力を駆使して冒険大活劇で美少女にモテモテ、というのも一つの理想だけど、なんか俺の場合はモテ要素が除外されてしまいそうだし。


「だから、魔族の女を、ここにおびき寄せて、退治する」


 女神のように神々しく、クロハは宣言した。


 、、、、、、あ、女神だったわ。


 だけど発言内容は、女神らしい知性が感じられないんですけどねえ。そのへんはまだ未熟な女子高生レベルじゃないかな。あるいは、太平洋戦争前にアメリカと戦争して勝てるとか息巻いていた軍人みたいな。超タカ派だな。


「大きく分けて、二つ、ツッコミどころがあるよな。まず、魔族の女をどうやってここにおびき寄せるんだ? その方法に目処があるってことなのか? そしてもう一つは、仮におびき寄せが成功したとして、どうやって退治するんだ?」


 クロハは「ふっ」とキザっぽく笑った。夜風が吹いて前髪が少し靡いた。なんか、映像的な演出を狙っているようなタイミングだったな。


「じゃあ先に、どうやって退治するか、から説明しましょうか。単純な話よ。力で痛めつけてぶちのめす。それだけよ」


 おいおい。物騒な女神だ。俺のいた世界のギリシア神話におけるアテナ女神よりも好戦的なんじゃないかな。


「魔族には人権は無い。だから遠慮なく暴力をふるって力で痛めつけてやっつけてしまえばいいのよ。もちろん、こちらが暴行罪で逮捕される危険も無いから安心ね」


 お、恐ろしいよ。


 人間は、、、、というかクロハは正体女神だけど、自分が「悪」だと断定した相手に対しては、とことん残酷になれるもんなんだろうな。これが人間のサガというものか。


「簡単に言うけど、暴力バトルで勝てるのか? 逆にクロハがこてんぱんにやられる可能性もあるんじゃないのか?」


 クロハは正体は女神とはいえ、今は女子高生に身をやつしている。戦闘力的にはそれほどでもない。相撲でいえば、恵水よりは確実に強いだろうけど、体格や経験で勝る二階堂さんには全く勝てる要素が無い。相撲というルールに縛られずに戦闘したとしても、結果は似たようなものだろうし。


 切り札としては、魔法があるか。魔貫光殺砲は魔族を貫くための技だとかぬかしていやがったぞな。


 俺の知っている正しいマンガの設定だと、魔族のキャラが撃つから魔貫光殺砲だったけどな。これが歴史捏造というやつだ。


 でも魔法は、一回撃てば、しばらくは行動不能になる。その魔法の一撃で相手を倒すことに成功すればいいけど、技が命中せずに外れたらどうするんだ。それに相手が一人だけならともかく、複数だったらどうするんだろうか。


「相手と一対一で戦うわけじゃないから。だから私と赤良がこの場所に居るんでしょ。ただし相手は一人のはずよ。スパイが隠密行動として都市艦に入り込んで爆破テロを仕掛けたんだから、単独行動でしょ。単独行動だから、手引きとして、アホな人間の男を色香で惑わせたのよ」


「、、、、、、、、、ぃゃ、まどってないし」


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