第103話 ゾンビよ、ヨミガエレ! タチアガレ!
……どうしよう。ほんとマジで俺って追い詰められているじゃん。
将棋でいえば、穴熊の状態だ。穴熊って、矢倉囲いだとか美濃囲いだとか銀冠だとか色々ある将棋の防御陣形の中では最も固くて破り難いものだ。ただし、破られてしまった場合、逃げ道が無いというリスクもある。
俺のこの一軒家、穴熊ほどの堅陣ではないけど、他に逃げ道が無いというデメリットだけはしっかり享受しちゃっている。
ドンドンドンドン!
うわ、来訪者が誰かは分からないけど、今度は呼び鈴を押すだけであきたらず、扉を乱暴に叩き始めた。
ヤバい人が来ているんじゃないの?
警察ではなさそうかな。警察は、とりあえず表向きは紳士的に対応するものだし。まあ、逃げようとすれば強引に取り押さえられるだろうけど。
「城崎監督! 中に居るんですよね? 私です!」
そ、その声は……二階堂ウメさん!?
なんで?
まず最初に俺の脳裏に思い浮かんだのは、そんなシンプルイズザベスト的な疑問だった。
そもそもなんで二階堂さんが俺の住所を知っている?
知っていたと仮定して、なぜこの時間にわざわざ尋ねて来る必要がある?
といっても、自分の中だけで疑問をこねくり回していても始まらないわ。来客が二階堂ウメさんならば、国営放送の営業員でも警察でもないんだから、居留守を使う必要は無い。
床に俯せになって死体ごっこ的状態だった俺は、九州の風前の灯県のゾンビであるかのように立ち上がった。
ヨミガエレ~
そそくさと玄関に行き、まだ慣れていない家だけど、慣れたフリをした手つきで錠を開けて扉をオープンする。
ほんとにいたよ、二階堂ウメさん。
何しに来たんだ? よりによってこのタイミングでさ。
……という質問をする前に、ご本人である二階堂ウメさんが俺の顔を見て明るい笑顔を見せてくれて、来訪理由を述べてくれた。
「城崎監督! 藤女子高の相撲部が事実上活動できなくなったにもかかわらず、西魔法学園で拾っていただき、ありがとうございます。それで、よく考えたらちゃんとお礼をしていなかったような気がして、それで、これ、持ってきました」
言って二階堂ウメさんは大きな体の後ろに回していた手を前に出した。持っていたのは紙袋。中には……どうやら菓子折の箱らしい。
「母の実家から取り寄せた羽二重餅です」
「はぶ……マジっすか……」
「あ、あれ? もしかして羽二重餅、お嫌いでしたか?」
俺はふるふるふるふると首を横に振った。
キライじゃないよ。俺は基本的に食べ物に関しては好き嫌い無いし。たまたま、羽二重餅でも食ってみたいなあなんて思っていたタイミングで羽二重餅の差し入れが向こうからネギを背負ってやって来たからビビっただけだ。
「それはそうと、よく俺の家が分かったね?」
「クロハ部長に聞きました」
あんま個人情報をぺらぺらしゃべるなよ、と思ったが、まあ相手が二階堂ウメさんなら問題無いからいいか。……でもな、今、この時期にわざわざ俺の家を訪ねられるのは、どうも、あまり嬉しいもんじゃないわ。俺は引き籠もりたいんだ。警察の追っ手じゃないか、とビクビクしているんだから。
あれ? でも、クロハにも俺の詳しい住所なんか話したかな? ……まあそこも深く気にするべきことでもないか。アイツは女神だし。なんか都合よく便利な知識とかを持っていたとしても不思議じゃねえわな。
「まあ、とりあえずどうもありがとう。ありがたくいただくよ。何か甘い物でも食べたいなと思っていたところだから、タイムリーだったよ。ありがと、ありがと」
俺は紙袋を受け取った。その時、二階堂さんの手の肌に少し触れた。
ドキっ。
あれ、よく考えたらさ、二階堂ウメさんは、俺がこの一軒家で一人暮らしをしているということを知っていた上で、わざわざ夜になるこんな時間にたった一人で尋ねて来たんだよな?
も、もしかして、二階堂さん、俺のことを案外好意的に思っていてくれているんじゃ……
いやいやいや待てや。そんな都合のいい話があるわけ無いって。ピチピチの女子高生が俺みたいなロスジェネのアラフォーオッサンに好意を持ったりなんかしないよな。俺はちゃんと己を知る者よ。
で、でででででもでもでも。これって、チャンスなんじゃないの? チャンスを逸するのは俺の主義に合わない。
ここは、様子見として、取りあえず二階堂さんを家の中に上がってもらって、本当に好意があるのかどうか見極めてみたらどうかな? もし脈が無かったら諦めるけどさ。まあ、脈が無くても前に向かって突き進むのは、氷河期を経てゾンビの群れみたいになってしまったロストジェネレーションオッサンにとってはデフォルトといってもいいスタイルだしな。
「二階堂さん、わざわざ、ご丁寧に、ありがとう。せっかく来てくれたんだし、上が……」
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