第104話 犯罪者は目的と手段を取り違えない


 ついつい調子に乗って、二階堂さんを室内に招き入れようとしたけど、躊躇って言いごもった。


 家に招き入れても、なんというか、お茶を出すこともできないし。ムードのある音楽を流すこともできない。


 それに……


 二階堂さんが家に居る時に警察に踏み込まれたら、それが困る。二階堂さんまで罪を被ってしまうようなことには、なってほしくない。


 いや、もちろん、俺だって何も悪いことはしていないけどな。俺だって、既にとばっちりを受けている身だ。


「二階堂さん、もう暗くなる時間なのに、わざわざ一人でこんな所まで来て、危ないよ。俺が家まで送って行くから、早く帰りなよ」


 まあ、このへんが落としどころだろうなあ。


 なんか、チャンスの尻尾を逃がしてしまうような口惜しさがあるけど。今度、時間がある時に、女性を部屋に招き入れることも想定した、お茶と、アロマと、インテリア、観葉植物、ムード音楽、あとまあ適当に、なんかいい感じのを揃えておくべきだな、という学びとなった。


「ご心配ありがとうございます。でも、そういう心配は不要です」


 二階堂さんは笑顔で言った。彼女は俺とほぼ身長が等しい。つまりそれは、女子高生としては極めて長身ということだ。体重にいたっては、俺と同じか、もしかしたら俺よりあるかも。


「夜道であっても危険なんてありません。私のような体の大きい女を襲うような男なんていませんし」


 まあそりゃそうだ。


 テレビのニュースでよく聞く話だけど、通り魔などの犯罪者が「相手は誰でも良かった」と言う。言う、というか、捕まった後で供述している。


 でもな、本当はそれは違う。誰でもではない。殺しやすい女子どもや老人を狙っている。強そうなプロレスラーとかラガーメンみたいな奴らは狙わない。ほら、誰でもじゃないじゃん。


 乱暴目的で女を襲うような卑劣な男は、誰でも良かったと口では供述するかもしれないけど、体の大きい強そうな女は狙わないだろうな。ましてや、二階堂さんは体格だけではなく、相撲部なんだし。


「それに、本当にやばそうだったら魔貫光殺砲で相手を倒すこともできますし」


 二階堂さん、更に笑顔で言う。でも言っていることが、以前聞いた話の内容と全然違うんじゃないか?


 魔貫光殺砲って、魔族を倒すための魔法なんでしょ? 人間相手には効かないんじゃなかったっけ?


「それに、都市艦って逃げ場所が無いから犯罪自体、陸地の都市よりも少ないじゃないですか」


 そうなのか? 陸地出身の俺にはそういう常識は無いから「じゃないですか」って言われて同意を求められてもな。……自分の知る限りでは、豪華客船の中とかだと、性犯罪が多かったりするらしいぞ。まあ、客船と都市艦とでは事情が違うんだろうけど。


「私は大丈夫ですから。お気遣いなく」


 そこまで固辞するからには、まあ大丈夫だろうと判断してもいいだろう。


 それに、よくよく考えたら、犯罪者が言う「相手は誰でも良かった」は、ウソではないのだ。


 犯罪者にとって、例えば通り魔だったら、誰でもいいから殺すことが目的であって、だからこそその手段として、女、子ども、老人などの弱そうな奴を狙う。わざわざプロレスラーのような強そうな奴を狙ってしまったら、殺しという目的を達成するのが困難になってしまう。


 目的と手段を、はき違えてはいけない。


 唾棄すべき犯罪者ですら、目的と手段を明確に区別している。


 俺の目的は何だ?


 魔族をぶち倒して日本の国土を取り戻す。そのための手段が、俺が女子相撲部監督になって、選手を育成することだ。


 だよな?


 だから、たぶん。


 そのために、俺は異世界である、こちら側の旭川に召喚されたのだ。


 俺は、必要とされてここに来たんだ。


 氷河期世代として、20年ほど前の就職の頃から冷遇されてきて、今でも必要とされず、「お前の代わりはいくらでもいるんだぞ」が何度も何度も浴びせられた。自己肯定しようにも、世間は認めてくれなかった。


 でも、こちらの世界は違う。


 だったら俺だって、頑張ってみようと思う。


 やりがい搾取は御免だけど、本物のやりがいは欲しい。


 自分の存在意義のある、こちらの世界で、俺は魔族を倒して日本を取り戻すために貢献するんだ。いくら自分の本来の世界ではないとはいえ、人間ですら無い者どもの好きなように蹂躙させっぱなしでは、寝覚めが悪いってもんだわ。


「私の心配よりも、監督は自分の心配をしてください。さっきテレビのニュースで見たけど、爆発の犯人は魔族なんですよね。それもとびっきり美人の。監督だったら、いかにも鼻の下をのばして騙されそうですし。その上さらに、その美人魔族には、凶悪な人間のスパイが味方に付いているらしいですから、要注意ですよ!」


「お、おう……そうだな。気を、つける、よ……」


 俺は焦点の合わない目で二階堂さんの背中を見送った。


 空気が、重い。なんか、息をするだけでも肺を膨らませる筋肉を盛大にパワー込めて動かさなければならない感じがして、息をするためだけに努力が必要なんて、まるでこれじゃ喘息じゃないか。


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