第101話 最高3000万円の報奨金
「そ、そうは、言っても、、、、ほら、現実に船が沈んで30万人が死んだわけじゃないから、殺人じゃなくて、殺人未遂でしょ?」
「未遂だとしても、じゃあ、半分だとしても、15万回分ですわ」
俺は黙った。減刑されても15万回分じゃ、どの道スパイには明るい未来は無いな。
テレビ画面では、既に完全にカツラが落ちてしまって、それでもコマーシャルに入らず語り続けている大須賀コメンテーターが映っている。
「もちろん、犯人の人権も尊重しています。人権を尊重しているから、裁判を受けられるのです。実行犯の魔族は、捕らえた場合、裁判無しで殺処分でしょう。人間を食ったライオンや虎を裁判にかけますか? すぐに殺処分ですよね? それと同じです。魔族には人権は無い。だから裁判も無い。でも人間のスパイには、人権がありますから、裁判を受ける権利があります。そして、その公正なる裁判によって、スパイが行った魔族に利するような愚行に相応しい厳罰を」
ところで、異世界から来た人間には人権ってあるんですかね。住民票も無いだろうし、そうなると人権も認めてもらえるか心許ない。
着ている服が汗で背中に貼り付いて気持ち悪い。蒸し暑い気候の中でホットなラーメンを食べたから、ではない。これは冷や汗だ。イヤな汗だ。
Jポップの歌詞でよくあるパターンに、「たとえ世界中がキミの敵に回っても、ボクだけはずっと味方だよ」的なニュアンスのがあるじゃん。それって要は、ボクのキミに対する想いの強さを表現したものだから、言葉を額面通りに受け取るんじゃなくて、その強さを受け取るべきものなんだ、ってことは勿論俺も読み取っていて承知している。
でも、その額面のパワーワードぶりも、無視できないほどには、なかなかにインパクトがある。そもそもな、現実に世界中を敵に回す機会って、あるか?
せいぜいが、学校のクラス中を敵に回してしまった、くらいが現実的な経験可能範囲だろうな。……そりゃ、学生時代にクラス全体を敵に回すっていったら重大案件だけど。
でも俺、今、自分の置かれている状況が、分かってしまう。これ、リアルに世界中を敵に回しつつあるぞ。少なくとも都市艦としての旭川市全体は確実に敵に回ってしまう。
少し頭がぼーっとしてしまった。世界を敵に回す絶望感。そして、ご都合主義のJポップとは違い、俺には味方でいてくれる人は、多分いない。
「たった今、入ってきた情報です。警察は、重要参考人の女の顔写真を公開し、広く情報提供を呼びかけるということです。犯人と共犯者の逮捕に繋がる重要情報には、重要度に応じて最高3000万円の報奨金を出すということです」
すげえ3000万円って超大金じゃん。と、俺の耳は最初にそこに食いついてしまった。冷静に考えれば、貨幣価値が違うから、俺の世界の価値に換算すれば300万円ってところだ。俺の元いた世界でも、情報提供に最高300万円って話は、よくあったはず。
なんて思考が脳内を横切ったのは一瞬。
テレビ画面に映った画像は、俺を突き落とした。絶望の淵に。千尋の谷に。奈落の奥底に。
見覚えがあった。あの、青い車の女そのものだった。
あの女、やっぱり魔族だったのか……
俺の住む場所を世話してくれたり、青い車で送ってくれたり、色々親切にしてくれて、なんか都合いいなあとは思っていたけど……もしかして、俺って単に利用されていただけだったのかも……
「へえ、顔はなかなかの美人だなあ。こんな美人だから、魔族だということに警戒せずに騙されて、協力してしまう人間のスパイも出てくるんだろうなあ」
大将は、少し鼻の下を伸ばしつつも、女が魔族であるということは前提に置いていた。
俺にとっての僅かな希望が、粉々に砕けてしまった瞬間だ。
青い車に乗った女、というのが、別人であってほしいと思っていた。そうであれば俺も無罪潔白だったはずなのに。
だが、現実はビンゴだった。
やばいよ。思いっきりヤバイよ。こんな、ラーメン屋で暢気にラーメンをすすっている場合じゃないような。
どうやら警察は、あの女を犯人の魔族であると事実上断定しているらしい。
ってことは、だよ。俺がスパイってことにされる流れだよコレ。
俺は何も悪いことはしていない!
売国行為なんてするわけない。
俺は思想的には保守側なんだ。日本バンザイだ。選挙の時には常に保守系政権与党に投票していた模範的国民様なんだぜ。消費税増税も是としてきた。
でも、いざ転生してみると、このザマだよ。
なんで俺ばっかりツライ目に遭うんだ。俺が氷河期だから悪いというのか? 氷河期世代だから世の理不尽にさらされることを受け容れなければならないのだろうか?
……ああ、まあ、ここで嘆いていても仕方ないだろう。
テレビでも、やがて、俺の顔写真が放映されることになるだろう。時間の問題だ。
その前に、人目につく場所から逃げないと。
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