第100話 ラーメン3000杯、死刑300000回

「す、すいません。大丈夫です」


 ウソだ。大丈夫じゃなかった。口で言っていることと内心で思っていることが違うので、これもツンデレのバージョンだな。笑えないけど。


 テレビを観ている俺の事情なんか、当然大須賀先生は知らないだろう。堂々と滔々と持論を展開してゆく。


「魔族はともかく、スパイは絶対に許してはなりません。スパイを許してしまえば、法治国家としての原則が崩れてしまいます。たとえばの話ですが、虎とか狼とか熊のような肉食の野生動物に人間が襲われて、食われてしまったとします。そりゃ、食われてしまった人は無念でしょうし、その遺族は食った野生動物に恨みを抱くでしょう。ですが、肉食獣は単に肉食獣ということで、そういう生態の生き物であるだけです。ライオンが肉食であることそのものを憎んでも始まらないでしょう。魔族も、そういう生き物です。人間と敵対するけど、それはそれで仕方ない。そういう生態なんだし、野生の肉食獣に人間の法律を守るよう強要できないように、魔族を人間の法律基準で考えてもどうにもならない。しかし、スパイは違います。スパイは人間であるのに、裏切ったのです。サメやピラニアなどと一緒になって人間の肉をむさぼり食っている人間を、あなたは許すことができますか? 今後の再発防止の観点からも、見せしめとして、スパイは魔族以上に厳罰に処すべきでしょう」


「この大須賀ってオッサン、いつもながらいい意見を言いますよね、お客さん」


 ラーメン店の大将が、まるで写真撮影の時のように腕組みをしながら、ウンウンと頷いた。


 おいおい。こんな過激な意見を言うコメンテーターをテレビに出して公共の電波に乗せて流しちゃっていいのかよ、と思うけど、それに賛同する一般市民も存在するのかよ。案外もしかしたら、支持者も多いのかもしれない。


「厳罰、といえば死刑が思い浮かびますが、私、大須賀は死刑制度には実のところ反対なのですよ。人間の命というものは、法のもとで平等です。内閣総理大臣だから尊いとか、40代のヒキニートのキモいオッサンだからどうでもいいとか、そういうことはありません。法律のもとでは、どちらも一人の人間の生命として等価に扱われるべきです。日本は、国土を失ったとはいえども、世界に冠たる先進法治国家であり、どこかの遅れた独裁国家とは違います。誰かの気分で政府の重鎮を処刑したり、世論に流されて裁判の結果が恣意的に左右されたりとか、そういう前近代的な、中世ヨーロッパの魔女裁判のようなことがあってはいけません」


 俺は少しだけ、柔らかい息をついた。


 ちょっと意外だな。この大須賀ってコメンテーターなら、死刑制度にはバリバリ賛成しそうなもんだとばかり思っていた。


「人の命は、法のもとで平等です。それは、無辜の一般市民であっても、憎むべき犯罪者であっても同じです。だからこそ、私は死刑制度には反対です。たとえば、人を一人殺した殺人犯が死刑になる。それには異論はありません。人の命が法のもとで等価である以上、命を奪ったからには命であがなう。当然でしょう。多くの人が納得できるものだと思います。では、その殺人犯が二人以上殺してしまったら、その犯人が一回死刑になっただけでは釣り合わなくなってしまうと思いませんか? 人の生命は法のもとで等価のはずですよ? でも、二人以上殺したのに、自分の命一つだけで償いが終わってしまう。理不尽で不平等だと思いませんか? 死刑というのは一回しかできないので、一人殺した殺人犯だけにしか適用できないのです。ですから、私は現行の死刑制度には異を唱えています」


 いや、やっぱり大須賀さんらしい、過激な独自意見を垂れ流し始めたぞ。こんな意見でも、賛同する人がいるんだろうなあ。


「人を100人殺した殺人鬼は、100回死刑になって初めて釣り合うのです。ですから、裁判で死刑100回分、という判決が確定した場合、その殺人鬼には、非人道的なブラック強制労働をやらせて、死にかけになったところを死なせずに蘇生させ、また生かさず殺さずを保ってブラック労働をやらせる、というのを100回繰り返して、その上で死刑に処せば、まあ、疑似的にではありますが、釣り合うと見なすこともできるでしょう。話を戻しますが、今回のスパイは、魔族を都市艦の内部に手引きしました。その魔族が粉塵爆発を起こし、艦を危険にさらしました。艦が沈めば旭川市民30万人が一緒に海の藻屑となってしまいます。つまりスパイには、死刑30万回分の重い罰が妥当だということです」


「いやあすばらしい。さすが大須賀さんだわ。頼もしいな」


 ラーメン店の大将は腕組みを解いて拍手をしていた。テレビ画面の向こう側の大須賀さんには届かないだろうけど、そこまで共感したっていうことだろう。


「い、いや、死刑30万回は、さすがに厳しすぎるんじゃないですかね、、、、、、」


 俺は思わず、口に出して感想を言ってしまった。


「お客さーん、随分優しいですね。でも、そんな甘いことを言っていたら、スパイがつけあがるだけだと思いますよ」


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