第84話 力が……ほしいか?
「あれは、地下の製麺工場で火災が発生しているんだ! 消火器を持って火を消しに行かないと。動けなくなっている怪我人がいたら地上に運び出すんだ」
「地下で火災って……ほっといたら延焼して学校も焼けちゃうんじゃないの?」
恵水の声が深刻だ。自分の通っている学校が燃えるかどうか心配なのだ。そりゃ当然だろう。
「ああ、そうだ。だから、そうならないように、俺も消火活動に参加するんだ」
プレハブの中には消火器は見あたらなかった。これって消防法的にダメなんじゃないのかな、とも思ったが、それは今、どうこう指摘することじゃない。
学校に行って、校舎内にある消火器を持って、地下に降りよう。貨物用エレベーターは使えないかもしれないが、もちろん他に降り階段から行けるルートも知っている。
走る、走る、俺たち……俺たち?
俺はてっきり、一人だけで走って校舎に向かっているもんだと思いこんでいた。
「……おい、なんで三人とも、俺について来るんだよ?」
「監督が救助に行くのに、部員が行かないわけにいかないでしょ!」
俺の右側から部長のクロハが部員を代表するような台詞を言った。まるで部長じゃないか。……部長だったか。
「俺は監督として、高校生の部員たちを危険な目に遭わせるわけにいかないんだよ! さっさとプレハブに戻って稽古をやっていろ!」
「監督がいなかったら基礎訓練以上の稽古をできないでしょ! そのための監督なんだから!」
俺の左から恵水が言った。……いやあのさ、いくらちゃんと靴を履いてきたといっても、女子高生を連れて火事場に入るわけにもいかないだろ。
「そうは言っても、監督だって、火事の中に入って行くのは危険なんじゃないですか? 消防が来るまで待った方がいいんじゃないですか?」
後ろから、二階堂さんが言う。
まあ、それを言われてしまうとなあ。
俺も、勢いで相撲部プレハブから飛び出して来てしまったけど、実際のところ、何かをどうこうできる目処があるわけではない。
素人の俺が火事場に突入したところで、かえって二次被害が拡大するだけのオチじゃないのか。
俺は現実世界でトラックにひかれて死んで、異世界旭川に転生して、なぜか女子相撲部監督に就任した。異世界転生のお約束を辿っているのは辿っているが、こういう時に使える便利なチート能力が無い。こういう時に活躍して、女子に「キャー格好いい!」って言われてちやほやされてモテモテになるという定番ルートに入れる希望が立たないじゃん。
なんか、こういう時に活躍できる方法は無いのか? 右手が痛くなってそこから異能力が
力がほしい。
……こういう時に、どこからか闇の声で「力が……ほしいか?」と呼びかけがあるんじゃないのか……
無い。現実には無い。
そうこうしているうちに、校舎にたどり着いた。
「うわっ、こりゃ、遠くで見た以上に煙の勢いがすごいな」
白っぽい灰色の煙が、校舎の入口から湧き出ている。入口の扉は閉まっているけど、隙間からはみ出してきているのだ。そのはみ出た煙だけでも猛烈なのだ。扉を開けたら、俺たち四人ともバックファイヤーを食らって、実験に失敗した博士キャラのように髪の毛がチリチリの黒こげになっちまうんじゃないのか……
いや、これは実際問題、バックファイヤーが無かったとしても、煙だけで充分に大敵だ。火災って、大抵は煙を吸って酸素欠乏で意識を喪失して倒れて、それで逃げられなくて炎に巻かれて焼死するんだと聞いたことがある。
酸欠は恐い。
下水のマンホールなどでよく酸欠事故のニュースを聞く。下に降りた人が倒れて、それを助けに行った人が更に倒れて被害が拡大するパティーン。
あるいは、下水のマンホールの蓋を開けた瞬間に酸欠の空気を吸って意識を失い、マンホール内に転落して墜落死、または水があったら溺死するという事故例も安全教育の中でよく聞いた。
俺はまじめなフォークリフト乗りだから、こういった労働災害に関する安全教育もちゃんと受けているんだぜ?
これは酸欠が最大のネックだ。中に入るも何も、入った途端に意識を失ってバッタリだぞ、これじゃ。
クソ! 俺は自分の勤める工場を助けに行くこともできないのか……
名案が思い浮かばなかったが、これは俺が頭悪いからではない、と言い訳しておこう。
「私に考えがある! 私に任せて!」
クロハが叫んだ。俺的には手詰まりだったので、クロハに意見があるというのなら、言うだけなら禁止する謂われはない。聞くだけなら聞いて参考にしてもよいだろう。どうせ俺には方法が思いつかないのだ。
「赤良と二階堂さんの二人で現場に突入してもらう。だから恵水! この二人にフォースフィールドの魔法をかけて!」
魔法だと!
俺は魔法を使えないので、魔法で解決する、という視点が無かったのだ。だから名案が思い浮かばなかった。仕方ない。言い訳。仕方ない。
いやいや、そういうことじゃねぇって。
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