第83話 日本全部沈没 (小松左京)
「地震かっ!?」
思わず俺は叫んでしまった。
この場に俺の他に居るのは女子高生三人だけど、俺が一番動揺しているってことじゃん。
気が付いたら、俺は地面に尻餅をついていた。
立っていられないほどの大揺れとは。
俺が体験したことの無い未曾有の地震か!
「地震なんか来るわけないでしょ! 津波ならともかく!」
恵水が叫びながら俺に反論した。恵水も、クロハも立っていられなかったのか、地面に尻餅をついている。と思ったら二階堂さんも地面によつんばいになっていた。
二階堂さんでさえ立っていられないほどの揺れとは、ハンパないな。
……あれ?
今は揺れていないな。
おずおずと、俺とクロハと恵水は立ち上がった。二階堂さんも立った。
立ったが、四人とも、更なる揺れに備えて、足を開いて膝を少し曲げてバランスを取れるようにした立ち方だ。
「ヘンね」
「一回しか揺れなかったよね? 津波かな?」
恵水がまた地震と津波を勘違いした。よほど混乱しているらしい。
北海道民なら誰でも知っていることだけど、我が街旭川は北海道のど真ん中ってくらいに内陸に位置している。それこそ、小松左京のSF小説で日本全部沈没するくらいのあり得ない大津波でも来ない限りは、旭川に津波が来る心配は無い。でも、地面が揺れる普通の地震なら、日本全国どこであっても危険はあるだろうな。
四人とも身構えているけど、更なる揺れは来ない。
別に、来て欲しいわけじゃないけど、こうなるとなんか拍子抜けというか……
「あ、あれ!」
二階堂さんが叫び、プレハブの窓を指さした。
いや、窓じゃない。窓の外に見える光景だ。
他の三人も吊られてそっちを見る。今度のあっち向いてホイは二階堂さんの一人勝ちってことだわ。
「校舎が!」
「火事? 今の揺れで出火したってこと?」
クロハと恵水が叫ぶ。
そう。旭川西魔法学園の校舎から、白っぽい灰色の煙が立ち上っている光景が、俺たち四人の瞳に否応なく飛び込んできたのだ。
「……いや待てよ。あれって、煙が出ているのって、地下の製麺工場じゃないのか?」
他の三人とは違って大人の俺はさすがだった、と自画自賛。冷静に状況を見て分析した。
白い煙がモクモクと立ち上って天を目指して上へと這い上がる。
その煙の出所に注目したんだ。
俺が、地下の製麺工場と地上の旭川西魔法学園を行き来する時に使う道順を辿って来ているんじゃないのか。途中で貨物用のエレベーターも使う、あのルートだ。
「おいおい、さっきの地震で、工場から出火かよ。大丈夫かな……」
当然そこには、鈴木副工場長や内田マネージャーとかもまだいるはずだ。もちろん、先日入ったばかりの俺は全従業員の名前を覚えているわけじゃないから、名前も知らない従業員がたくさん働いているはずだ。
無事だろうか?
いいや、こんなことしている場合じゃない。消防に119番通報しないと。
……あれ? 俺? スマホ、どこやったっけ?
ズボンのポケットに手を突っ込んだが、そこにいつもあるはずのスマートなフォンが無い。反対側のポケットも念のため調べたが、無い。
あれ?
いや、考えるのは後回しだ。
「おい、誰か、スマホ持っているか? 消防に火災発生だって通報しろ」
「今、しています!」
そう言ったのは二階堂ウメさんでした。彼女は自分のスポーツバッグの中からスマホを取りだして、まさに通話中だった。
……うーん、でも通報したからといって、消防車、すぐに来てくれるかな?
さっき、大きな地震があった。地下から突き上げるような巨大な衝撃が一度だけ、という奇妙な地震ではあったが、大きな揺れであることは間違いない。
となると、旭川市全体に被害が及んでいると思われる。
だとすると、消防署のリソースも有限だから、すぐにはここには来られないかもしれない。
だとすると、現地に居る俺たちが、できる範囲で消火活動とか怪我人の救助に協力しなくては!
俺はプレハブから飛び出した。
少し焦げ臭いニオイが蒸し暑い空気の中に割って入っているのが感じられる。
どこからか、消防車のサイレンのとと、カンカンカンというセットの鐘の音が聞こえてくる。
周囲を見渡すと、灰色の曇り空の下、ここ以外ではこれといって火災の煙らしきものは見られない。
ん?
この旭川西魔法学園以外では火災は発生していないのかな? あるいは、そんなモクモクと目に見えるほどの巨大な煙が舞い上がるような大規模な火災が無いだけで、ボヤ程度ならあるのか分からないけど。……ただ、あれだけ大きな揺れがあったにもかかわらず、それに付随しての大きな火災が無いのは、喜ぶべきことだ。たぶん消防車もほどなくこちらに来てくれるんじゃないかな。
「ちょっと、監督! どこへ行くのよ?」
恵水も俺の後にプレハブから飛び出してきた。今度は、靴下こそ穿いていないものの、きちんと靴を履いている。……もちろん俺もちゃんと靴を履いているからな。
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