第67話 お前の代わりはいくらでもいるんだぞ
「まあ、それは言葉を取り繕って誤魔化してもしょうがない。事実だ。極端な話、恵水を切り捨ててクロハと二階堂ウメだけになれば、部の平均点は上がる。もっと言えば、クロハも切り捨てれば二階堂一人になる。ヤツの霊長類最強の強さがイコール平均点になる。計算上はそうだってことは分かるだろう」
恵水は頷いた。もうほんと繰り返しになりますが、背中におぶっています。だから私からは見えません。見えないのに、首を縦に振って頷くだけでは俺に伝わらないってことを恵水も察してほしかったな。
「それは、平均点方式の点数算出方法だ。だが、これには問題がある。極端に強いヤツが一人いれば、平均点は高くなるが、人数が少ないから総合点は低くなるんだ。そもそもの話、どうして二階堂選手がウチに来たか、覚えているか?」
「顧問の先生が招集されて、練習相手がいなくなったから、だったかしら?」
「そうだ。つまり二階堂選手は、今まで藤女子の相撲部では、顧問と稽古をしていた。でも顧問が居なくなった。練習相手がいなくなった。つまり部員は現実的には二階堂ウメ一人だけだったんだろうな。これが、一人であることの弱さだ」
「人数がいれば、多くの相手と稽古ができるってこと?」
「人数が少ないよりは、多い方がいい。少数精鋭というやり方も確かにあるが、それは部員の人数が二人とか三人とかのレベルの部が言うべきことじゃない。ましてや、少子化の時代だ。相撲部に限らず、どの部活も部員の人数減少で部員確保に苦労しているはずだ。相撲なんかはそれでもまだ基本的に個人競技だから、一人でも個人戦の大会には出ることができるだろうけど、サッカー部とか野球部とかみたいな、人数が必要なチームスポーツは大変だろうな」
「……でもそれって、頭数さえ揃えば、誰でもいいってことじゃないの?」
「まあ、団体戦に出るために5人必要だって言われたら、そりゃ誰でもいいから助っ人を見つけてきて5人集めることになるだろうな。部員の少ない野球部なんかでも、余所の部活から助っ人を借りてきて、逆に余所の部活が大会で試合に出るけど人数が足りない場合なんかには助っ人として参加したりするらしいけどな。田舎の学校は特にそんな感じだろう」
「そうよね。私はあくまでも人数確保として必要ってことなのよね。私の代わりは、探せば他にいくらでもいるってことでしょ」
恵水の言葉が俺の胸に深くぐさりと突き刺さる。大大大ダメージが来る。
それは、俺のようないわゆる氷河期世代が社会に出た時に、言われ続けた言葉だった。
氷河期世代というのは、いわゆる第二次ベビーブームくらいの世代と大体重なる。つまり世代の人口は割と多めってことだ。
厳しい就職戦線をなんとか勝ち抜けて、というよりはギリギリくぐり抜けて、自分の希望のところではないけど妥協して就職したとしても、企業の方は新人をあまり丁寧に育てようとしなかった。獅子が我が子を選別するように千尋の谷から突き落として、そこから這い上がった有望株だけを育てた。
俺のようなハンパ者は冷遇された。「お前の代わりはいくらでもいるんだぞ」と言われて、そのままクビになった会社もあったっけな。あれは、人を人として見ていなかった。単なる代用の利く部品としてしか扱っていなかった。
ああ、そうさ。第二次ベビーブームくらい人材が無限に居るなら、そういうやり方も一つの方法だっただろうさ。
だけど少子化の時代、部員数が2名プラス外部参加1名の女子相撲部で、千尋の谷方式などできるはずが無い。這い上がって来れるのは二階堂ウメ選手だけでしょ。
俺自身が「お前の代わりはいくらでもいるんだぞ」と言われてイヤな思いをしてきたんだ。自分がやられたからといって、他人に対して同じことは、したくない。
「恵水、よく聞けよ。お前の代わりは、他にはいない。俺が旭川西魔法学園の女子相撲部監督になったからには、部員である恵水やクロハをきちんと指導して、強くするつもりだ。そこに二階堂ウメが合流したからといって、恵水やクロハが不要になるわけではない。恵水がどうしても相撲部を辞めたいと自分の意思で言うなら仕方ないが、そうでない限り、俺は絶対に恵水を見捨てない」
……なんか、冴えない青春時代を送ってきた俺には似つかわしくない、クサイ青春台詞を言っているような気がするな、冷静になってみれば。
「誰でもいいわけじゃないんだぞ。恵水が必要なんだ。恵水は相撲を愛し、しっかりと基礎的な練習をやってきた。四股踏みもきちんとやってきた。股割りも、まだできないけど、一般人よりはできているので、これから練習を続ければできるようになるだろうという目処は立つ。つまり、今まで真面目に努力してきたから、基礎ができているんだ。俺はこれでも監督だからな。見れば分かる。基礎のできている貴重な人材を、みすみす手放す必要なんか無いだろう」
「わ、私が必要だっていうの? お世辞、というか、社交辞令でしょ」
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