第58話 指導者不足の理由

 俺だけ置き去りかよ。分かるように説明してくれや。


「更に噂で聞いたのですが、西魔法学園の地下にある製麺工場で働いている亀山さん、西魔法学園の相撲部出身だったそうですが、そちらにも召集令状が来たとか」


「え? そうだったの? それは初耳なんだけど……ねえ赤良、今日、工場に行った時、昨日の亀山さんって見かけた?」


「いや、今日は亀山マネージャーを一切見かけなくて、ちょっと不思議に思っていたんだけど、……どういうこと?」


 それ以前に、アカガミとかショウシュウレイジョウとかいうワードが聞こえたんですけど。これって俺の空耳? 難聴スキルはハーレムラブコメの必須技能だけど、こういう形で顕現するものだっただろうか?


「亀山さんにも招集令状が来たというのは、どうやら本当みたいですね。藤女子校の顧問も亀山さんも、軍からの招集が来て、徴兵されたということです。徴兵制です」


「は? いつの時代よ?」


 昭和初期の日本にはあったシステムだ。太平洋戦争の頃まで、赤紙と呼ばれる招集令状が来ると、軍に徴兵されてしまうという。


 戦後の自衛隊は徴兵制ではなく、志願制だったはずだけど。


 あーでもこちらは異世界だった。


 そういえば今、軍、って言っていなかったか?


 こちらの世界には軍があるのかもしれない。だとすると、志願制ではなく、徴兵制もあるかもしれない。


 よく考えたら、俺がいた現代日本でも、徴兵制を復活させたいと言っている人たちもいたし。引きこもりニートの若者を鍛え直すために、とかなんとか言って。


 まあ、歴史は繰り返すとも言うし、徴兵制が復活した日本っていうのもアリかもしんないな。


 それでも、軍から招集令状が来て、昨日まで普通に工場で働いていたマネージャーや女子校相撲部の顧問教師として働いていた人が連れ去られる、というのは乱暴だ。平時にやることじゃないよな。


 ……ってことは、今は戦時中なのか。


 戦局が切羽詰まっているから、あっちこっちから見境無しに徴兵しているのか?


 ……なんというか、そんなその場しのぎの泥縄じゃ戦争に勝てないって。太平洋戦争の敗戦の教訓に学べよ。……こっちの世界に太平洋戦争あったんかどうか知らんけど。


「私は、いつもは顧問の先生と稽古をしていたんです。でも、徴兵されちゃったから、私一人になっちゃって。取り組みの相手がいないんじゃ稽古もままならないのでどうしようかと思っていたところなんです」


 なんだ? 藤女子の相撲部には部員は二階堂ウメ一人しかいないのか?


 ヘンな話だな。こっちの世界は相撲は乙女のたしなみとか言っていなかったか?


 それなのに部員が一人とかそういうレベルで少ないなんて。


 ……ああでもしょうがないかもな。たぶんこっちの世界も少子化で学校の生徒数も減っているのだろう。生徒が減ると、部活動の競技人口の裾野も広がらない。俺が元いた日本でも、茶道や華道が乙女のたしなみとされていたけど、部員が溢れるほど人気があったってわけじゃなかったしな。……って、ここまでは以前にも考察したことあったっけ。


 それにかてて加えて、相撲経験アリの人材は赤紙で突然連れ去られて軍隊に行くなんて、……そりゃ誰も相撲をやりたがらなくなるんじゃないだろうか?


 もちろん女性であっても、軍隊に奉職して国の役に立ちたいっていう愛国心の強い人だって存在するだろう。俺が元いた世界の自衛隊だって、女性隊員も多数存在した。でもそれはあくまでも自らの意志で志願して入ったのだ。こっちの世界だって、軍隊に行きたい人は自ら志願して行くんじゃないのか。


 招集令状というのは、行きたくない人に大抵無理矢理に来いと言う紙だからな。


 俺がこっちの世界で仮に女として生まれていたとしても、そういう背景があるなら相撲をやろうとは思わなかっただろうな。


 今になってようやく、高校生に相撲を指導してくれる女性指導者が不足しているという話に納得が行った。招集されて軍隊に人材が取られているんだ。


 アホだなあ、と思う。


 人材が足りないから招集する、というのは気持ちとしては分からなくもない。だけど、後進を育てて再生産のルートを確保しないと、焼畑農業だぞ。どんどんジリ貧になって行くだけだぞ。


 なんだかなあ。


 こんな状況なのに、それなのに、なんで、クロハも恵水も、あと二階堂ウメも、相撲をやろうと思ったのだろうか?


 二階堂ウメの場合は体格的にも恵まれていて、相撲をやるのに適している感じはする。


「それで、藤女子の二階堂選手は、旭川西魔法学園に押しかけて来たってことか」


「はい。西は新しく男の相撲部監督を招いたという情報を掴みまして。男の監督なら、招集されてある日突然いなくなる可能性は無いはずですから」


 いや、普通にある日突然トラックにひかれて死ぬかもしれないぞ。ある日突然異世界に飛ばされて現世から存在が消えてしまうかもしれないぞ?


 現実に、そういうことが起こったからこそ、俺は今ここに居るんだし。


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