第57話 霊長類最強、来襲!
「男の監督に指図されるなんて、女の尊厳をバカにしているわ。言われなくても立ち上がるし、黙って見ていなさいよ。……いや、ジロジロ見るのはやめなさいよ」
見るのか見ないのかどっちだよ。
脳内だけでツッコミをしたが、俺は黙っていた。有言実行とはよくいったもので、恵水は荒い息で肩を上下させながらも、生まれたばかりの子鹿のように立ち上がった。
そして、クロハの胸に突撃する。激突の音と共に土俵の上を裸足の女神が滑る。
その時、プレハブの戸が外から開かれた。
「こんにちは。お邪魔しますよ」
来客がどこか野太い声で挨拶した。それに不意を打たれたせいか、クロハは突き落としを忘れて、そのまま押されて土俵を割った。恵水も、突き落とされずに相手が後ろに真っ直ぐ下がったので、惰性でくっついたままついて行ってしまった。
土俵の円から出て下がったクロハは、丁度、来客がやって来た戸の方向に下がったので、来客が両手でクロハの背中を受け止める格好になった。
来客、クロハより随分大柄だぞ。
恐らく身長でいえば俺と同等くらいか。濃紺のセーラー服を着ているから、大柄ではあっても女子高校生のようだ。
あの制服って、たしか、辛いスープカレーの監修をやっていた女子校じゃなかったか?
「おっと、危ないですね」
と言いながらも、クロハの背中を受け止めた藤女子の大柄な生徒は、余裕の口調で笑顔を浮かべた。
霊長類最強と謳われた女子レスリング選手を萌え美少女に擬人化したような顔に。
あれぇぇぇぇぇ?
俺の脳内では、半ズボンに蝶ネクタイに眼鏡の少年探偵が、わざとらしく容疑者のアリバイに疑問を呈するような声が響き渡った。
どこかで見たことある顔だぞ?
……あ、もちろん、国民ぇぃょぅ賞の霊長類最強女子レスリング選手本人をテレビで見た、っていうオチじゃないぞ。
最近、それも、こっちに転生して来てからの最近という意味で、最近見た。
「あ、すいません、ありがとうございます。てか、どちら様ですか?」
体勢を立て直したクロハがお辞儀する。相手が大柄なので、ちょっとビビっているようだ。……同じくらいの身長の俺にはちっとも萎縮している様子なんて無かったのにな。俺ってそんなに威厳的なモノが無いかね。
「はじめまして。突然お邪魔してすみません。私は二階堂ウメといいます」
大柄な女が名乗った。
あー。なんというか、アメリカソ連の冷戦時代のソビエト連邦が、戦車を連れて北海道に直接乗り込んできたみたいな感じだな。
「あ、聞いたことあります。たしか、藤女子高校の相撲部員ですよね? 先日の新聞のスポーツ欄に写真が掲載されていました」
反応したのは恵水だった。少し震え声だった。写真で二階堂ウメを見たことはあっても、いざ実物を目の当たりにして、その大きさにビビったのだろう。
「そうです。私は藤女子高校の生徒です」
その藤女子の生徒が、なんで急に西高、じゃなくて、西魔法学園に来たんだ?
今のクロハと恵水の反応を見ると、事前にアポがあったとは思えない。明らかに突然訪問している。もちろん監督である俺だって知らなかった。……言っても昨日就任したばかりの名ばかり監督ですが。
も、もしかして、道場破り、とか……
俺としても、ライバル校の有望選手の情報くらいはいずれ掴んでおかなくちゃならないなとは思っていたんだけど、偵察に行く前に向こうから偵察がきてしまったとか。
女子校に偵察に行くのはかなり困難が伴ったような気がするっちゃするが。
「あなたが西魔法学園の新監督ですか?」
受け止めたクロハの背中を離しつつ、二階堂ウメは俺の方に視線を向けた。
情報が早い。というか、早すぎない?
藤女子の有望選手が、俺の存在を嗅ぎつけて、先手を打って偵察に来た、ってことなんだろうか?
俺なんかまだ実績も何も無いんだけどな。だけど警戒されているってことか。悪い気分じゃないかな。相手チームの方が俺の存在を正当に評価しているっつーか。
「私が今日、ここに来たのは、このたびの緊急事態に際しての情報の共有と、それに伴っての今後の方針の相談のためです」
このたびの緊急事態?
今、何かヤバイことでも起きているの?
……そりゃ、俺にとってはトラックにひかれて死亡して異世界に転生してしまったのが一番のヤバイ事態なんだけど。……もしかして、この二階堂ウメにバレているんじゃないのかな? この俺が異世界転生者だということが。
「昨日、ウチの学校の相撲部顧問の先生に赤紙が来ました」
二階堂ウメの台詞はどこまでも冷静だ。でも俺にはやや意味不明だった。
俺、こっちの世界に来たばかりだし、藤女子高校の相撲部顧問の先生なんて、そもそも知らないぞ。知らない人に……何か、……が来たと言われてもピンと来ないのだが……
意味が分からずきょとんとした表情をしている俺とは対照的に、クロハと恵水はピンと来ているようだ。二人とも驚いた表情をしている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます