第37話 歌と魔法
「お世話になるついでで悪いんだけど、夕食も何か食べさせてもらうとありがたい」
「それもいいわよ。ただし、今晩に関してはレトルトカレーで我慢してよね」
今晩に関して、ってことは、今晩以降も食事を用意してくれるのだろうか?
「その代わり、私の家に泊めてあげるからには、お願いを聞いてもらうからね」
お願いって、内容は何だろう? 何をどうすればいいのだろう? とにかく、理不尽なものでなければ了承するつもりだ。
世の中はギブアンドテイク。家に泊めてもらい、食事も出してもらえるのだとしたら、それ相応の対価は支払うべきだろう。
「で、クロハ。家ってどこなんだ?」
「ここから歩いて行くとなると、けっこう時間かかるのよねー。遅くなっちゃって食事を準備する時間が無くなるから、今晩に関してはレトルトカレーで済ませたいのよねー」
また歩くのか。
気が遠くなりそうだ。
そういえば、俺以外の異世界転生者って、歩くのでヘバったりしないのだろうか。
異世界だと、電車やバスなどのような公共交通機関も無いだろうし、自動車や自転車も無いだろう。馬車ならあるかもしれないが、異世界に転生してすぐに馬車に乗れるような境遇というのは、そんな都合良く行くなら苦労はしないって感じだし。
そう考えると、異世界に転生した者は、現代日本に居た頃よりも遥かに多く歩くことになるだろう。
それこそ、異世界でチート能力を獲得できたりハーレムでウハウハな甘い汁を吸えたりすることに対するギブアンドテイクの対価と考えればいいかもしれない。
俺の場合はチート能力ももらっていないし、ハーレムの旨味も全然味わっていないけどな。トラックにひかれた恐怖と苦痛の払い損のようにも感じる。
損をしてしまった部分については、今後の異世界ライフを楽しむことによって取り戻せばいい。
距離があるということは、時間もかかる。ということで、俺とクロハ、二人で並んで歩き始めた。
生まれ育った旭川の街とはいえ、人口30万人を超える地方都市なので、見知らぬ光景も多い。旭川市内のどんな所も車でならばたいてい走ったことがあるが、徒歩で周囲をゆっくり見渡しながら進むとなると、見える風景の印象も違う。
この時間になると、学校帰りの学生の姿も見られる。クロハとは違う制服の女子高生たちも、自転車に乗って家路についている。
あの、濃紺色の落ち着いた感じのセーラー服は藤女子高かな?
あ、そういえば、他の学校も、やっぱり魔法学園なのだろうか?
小学校や中学校も?
分からないことだらけだ。
そもそもが、あんな役に立たない魔法なんか勉強して、どうするんだろうか。自転車に乗って空を飛ぶことができるが、その後疲れてぐったり動けなくなってしまう。
それだったら普通に勉強した方がマシだろう。高校での勉強となると多少専門的になるので汎用性という意味では譲るが、小中学校で学ぶ義務教育の内容は、人間が社会の中で最低限度の文化的な生活をする上では必要な教養だということが、アラフォーになった今の俺には分かる。
こっちの世界の人間って、誰でも魔法を使えるのかな?
そもそも魔法の原理って、どんなもんなんだろう?
空気中のマナ的なものをコントロールするとか、あるいは自分の中にある魔力を呪文詠唱によって錬成して繰り出すとか、もしくは他の何か独特な理論でもあるのだろうか。
空気中に存在するマナのようなものを利用する形式だったら、異世界から来た俺でも、方法が分かったり専用のアイテムを使ったりしたら魔法を使えるようになるんじゃないのか?
魔法か。
魔法を使うって、世知辛い現実の日本に生きる現代人にとっては憧れだよな。
だからアニメやライトノベルでは魔法や超能力的な異能力を使える異世界ものが流行っているんだろうし、俺も好きなんだ。
「なあクロハ。こっちの世界では、俺でも魔法を使えたりするの?」
並んで歩きながら、自転車を押しているクロハに尋ねる。
「ああ、こっちの旭川では、魔法は誰でも使えるものよ。もちろん個人によって程度の差はあるけど。喩えでいうと、歌を歌うことって、基本的に誰でもできるでしょう? そんな感じ」
歌、か。確かに、だいたいは誰でも歌うことはできる。よっぽど、先天的に声を出せない障害のある人とか、激しい喘息の発作で死にかけなほどに呼吸困難な人とかでない限りは。
「歌といっても、歌詞やメロディを知らない歌は歌えないでしょ」
そりゃそうだ。たとえば俺は、戦車アニメでキャラクターが歌っていたロシア語の歌を歌うことはできない。メロディはなんとなく覚えているけど、ロシア語の歌詞が全くちんぷんかんぷんで分からないから。
日本語の歌だって、全部歌えるわけじゃない。アニソンだったら古今の有名曲なら一通り網羅チェックしているつもりだが、さすがに聞いたことの無いものは歌えるはずもない。
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