第32話 道内どこでもセコマがある

 それなりの距離を二人で並んで歩いた。


 街の姿が移り変わって行き、自分の見知ったものと少しずつ変わっていっている。そここと自体はいい。それが当然だ。


 だけど次第に自分の住んでいた、いや、住んでいるはずの住所に近付いていくと、不安が高まっていく。


 俺が住んでいたアパートは、建てられたのが昭和の頃の古びたアパートだった。ここが異世界であるからには今年が昭和なのか平成なのかそもそも元号があるのか元号があったとして向こうの世界ときちんとリンクしているのか分からないが、古いアパートがまだその地に健在かどうか。


 いよいよ、俺にとって見知った風景の地域に入ってきた。……はずなのだが、やはり微妙に違和感がある。立ち並んでいる民家が、自分の見覚えのあるものと少しずつ微妙に違うのだ。どこがどう違うのか明確に指摘はできないが、漠然と、違っていると断言できる。


「結構、距離を歩いたわねー。自転車に乗らないとツラいわー」


「足腰の鍛錬だって言っていただろう」


「赤良、さっきから、すぐそこすぐそこ、って言っているけど、結局どこが家なのよ?」


「あそこだよ。道路を挟んだ向かいがセイコーマートの所が目印なんだ」


 それなりに交通量の多い太い道路があり、その道路の向こう側に確かにオレンジ色のコンビニエンスストア、セイコーマートがあった。


「セイコーマートの、道路を挟んだ向かい? 赤良、それって、どういうこと?」


 見たくない現実がそこにはあった。


「いや、おかしいって、これ。こんな立地、あり得ないだろう」


 俺の喉から漏れたのは苦悶の呻きのような、掠れた声だった。


 セイコーマートの道路を挟んだ向かい側には、もう一軒、別のセイコーマートがあった。


 本来、俺の住んでいたアパートが建っていた場所に、セコマがある。


 隣近所を見渡しても、俺の住んでいるはずのアパートは見あたらない。


「おかしいだろ? そんなはず無いだろ? 俺の住んでいるアパートが無いんだけど」


「まあ、予想通りではあるわねー。転生者の住処が世界によって確保されるわけじゃないからねー。転生した者が自力で確保しないとならないのよ。そういうもんでしょ」


 クロハが、現地の女子高生というよりは女神の立場での言い方をした。


「でも、いくらなんでも、これは不自然じゃないか。セイコーマートの向かいにセイコーマートができるなんて、いくらセコマでも、そんな出店のやり方、聞いたことが無いぞ」


 セイコーマートは、北海道を基盤とするコンビニエンスストアチェーンだ。どんな田舎町に行っても、大抵セイコーマートの店舗が一店は存在する。


 ある程度の売り上げが見込める場合は、そこからさほど遠くない地点にも別の店舗を出店する、というのは都会でも見られるコンビニの進出パターンだ。それはセコマでも同じことで、さほど人口の多くない田舎町でも、それほど遠くない距離を隔ててセイコーマートは二店舗ある、なんてケースが珍しくない。


 しかし、しかしですよ。


 道路を一本挟んで向かい合ってセイコーマートとセイコーマートがある、なんていう出店の仕方は不自然すぎるでしょ。


「……これって、なんか、俺の住んでいたアパートを消すために、あえてコンビニの向かいにわざわざコンビニを設置したかのように感じられるな。なんちゅうか、運命によってイヤガラセを受けているような気がする」


 つまり、異世界に転生してきたばかりの者に必須で課されるミッションとして、ねぐらを探して確保しなければならない。


 それでも中世異世界風ではないから、最悪野宿とかになったとしても、野生動物やモンスターに捕食されるということは無いだろうけど。


「赤良、そんなに落ち込まないでよ」


「……え? 俺って、そんなに落ち込んでいるように見える?」


「……その場に膝から崩れ落ちておいて、落ち込んでいないって言っても説得力無いでしょうが」


 ああ、そうだった。俺は歩き疲れたのも含めてその場に立っている気力を失い、膝から崩れ落ち、更にはアスファルトの歩道の上に両手をついて四つん這いの状態になっている。立ち上がろうという気力も湧いてこなかった。


「どうしよう……」


 知り合いの家に泊めてもらうか……


 いやでも、ここは異世界だ。知り合いがいるかどうかも分からない。


 地面に這いつくばったまま、俺はアスファルトのひび割れを見つめつつ、思考を巡らせる。


 どこか、ビジネスホテルにでも泊まるか。旭川の街、細かい部分では俺の居た現実と違っている部分も多いが、全体的なレイアウトは大差無いらしいことは分かっている。旭川駅前に行けば、ビジホくらいはあるだろう。


 俺は旭川の地元民だから、旭川市内のビジネスホテルなんて泊まる用事も無いから泊まったことは無かったけど、まさかこんな形で地元のビジネスホテルにお世話になる機会が発生するとはな。


 ……だけど、ビジネスホテルに宿泊するとなると、お金がかかる。一泊程度なら、俺の今の手持ちでもなんとかなるだろう……って、ちょっち待てや。


 俺ってば、今、いくらほど、お金を持ち歩いている?


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