第30話 魔法は役に立たないじゃん

「そうは言うけど、土俵作りばっか頑張っていて、肝心の相撲の稽古ができていないんじゃ本末転倒じゃないか、って言っているんだよ。恵水、アンタ、相撲部に何をしに来ているんだ? 土俵作りか? あくまでも目的は相撲の稽古であって、土俵作りはそのための手段じゃないのか? 目的と手段をはき違えたらダメなんじゃないの?」


 俺も負けずに言い返してやった。


 俺は監督だ。監督になるんだ。それが教え子に言われっぱなしで黙っていられるかってんだ。


「え……いや、……え?」


 まさか、言い返されると思っていなかったのだろうか? 恵水のヤツ、咄嗟に反応できずにしどろもどろになった。


 アレだ。SNSとかでよく見かけるパターンじゃないかな。相手が反論してこないと思ったら強気に出るヤツ。


 恵水は吊り上げた鋭い眼差しのまま、顔をわずかに紅潮させている。俺に対して怒っているのか、あるいは自分の言っていたことが今更ながら恥ずかしくなったのか。そのへんは相手の心の中の問題だから、俺には分かりようもない。


「まあ、メグが土俵作りを続けるなら、それでいいわ。私と赤良監督は今日はもうこれで帰るから。メグも時間になったら、ちゃんと戸締まりして帰ってよね」


 そこへ第三者であるクロハ部長のセリフが割って入った。俺と恵水の間がビミョーになりかけていたので、これは助かった。


「もう帰るの? じゃあ稽古は今日はもうしないってこと?」


「だって土俵が無いんじゃ、取り組みはできないでしょ。四股踏みくらいだったら家に帰ってからでもできるし」


 そりゃ四股踏みくらいなら、ちょっとの面積さえあれば、どこでもできるけど。でも家のどこで四股踏みなんかやるっていうんだろうなー。二階の部屋でやったりしたら、一階にドッスンドッスンと騒音が響いて迷惑そうではありますな。


「明日からまた取り組みの稽古を再開するから、今日中に土俵を直しておいてね。赤良監督が、まだ住む場所が決まっていなくて不安だって言うから、これから一緒に行って世話してくるから」


 俺さま、とにかく世話されっぱなし。


 それでも俺としては、恵水一人のこだわりである土俵作りを手伝うよりも、自分のネグラを確保する方が遥かに重要度の高い優先事項だ。


 クロハは制服を着て自分の荷物を持って、部室を出た。俺も自分の荷物を持って後に続く。恵水は、土俵の表面を均している、盛り上がり過ぎた部分を鍬を使って削っていた。


 プレハブの部室の中も蒸し暑さはあったが、屋外に出ると、一枚多く毛布をまとっているかのようにもわっと重みが加わってくる感じだった。それでも太陽の見えない曇天であることには変わりない。風もほとんど感じない。


 つくづく変な気候だけど、まあこれも異世界ってことで。現実世界は冬だったので厚手のスカジャンを着ていたけど、今は脱いで小脇に抱えたままだ。風神雷神、当分出番は無くなりそうだ。


 自転車小屋に立ち寄ったクロハは、自転車には乗らず、押して歩いて俺の横に並んだ。……あれ? 自転車に乗らないの?


「赤良の家があったという場所まで、一緒に歩いて行きましょう。自転車に乗って走ったら、二人乗りで警察に捕まっちゃうからね」


「いや、魔法で空を飛べばいいんじゃなかったか?」


「魔法を使ったら体力が尽きてしまうでしょ」


「この世界の魔法、役に立たないなあ」


「魔法をバカにするんじゃないわよ。相撲は相撲で、魔法は魔法で必要なんだから。学校でも今、魔貫光殺砲を習っているんだから」


 それ、バトルアドベンチャーもののアニメで、主人公のライバルキャラが使う必殺技じゃないか。


「それに、役に立つ、立たない、っていう観点で学問を批判しちゃダメだよ。そんなことを言っているから、かつての日本の大学はノーベル賞受賞者も輩出しなくなって国全体の教育レベルも下がって、国全体が没落して侵略者に虎視眈々と狙われるようになったんじゃないの」


 うっ……そう言われると、確かに、役に立つか立たないかで判断するのは良くないような気がする。実際、俺は子どもの頃は大相撲が好きで、よくテレビ観戦していた。そのことが役に立つ機会があるなんて思ってもいなかったが、今、実際に異世界に転生して来て右も左も分からない状況で、大相撲好きで子ども時代にテレビ観戦していた経験が活きて監督に就任できた。つまり、ずっと後になってから役に立ったわけだ。


 子どもの頃にバトルアドベンチャーものアニメを夢中になって観ていて、近所の公園で主人公の得意技であるハワイアン大王波を撃つ練習とかしていた。


 なぜだったか、きっかけは忘れたが、ある時、急に旧日本海軍にハマり、戦艦が好きになった。だからホビーショップで売っている税抜き150万円の戦艦大和の模型、いつか俺がビッグになって金持ちになった時には絶対に迎えに行ってやる、と心に誓っている。プロポーズと言ってもいい。


 大相撲好きは役に立った。バトルアドベンチャーアニメ好きや旧日本海軍好きは役に立つ機会があるかどうか分からない。もしかしたら一生そんな機会は巡って来ないかもしれない。でも、それでいいのだろう。

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