第21話 聖地旭川

 逆に言えばシフト制ならできるってことか。朝、八時よりも更に前から出勤か。


 だけどそりゃ、ツライな。


 そもそもの話、そう都合良くシフト制で、なおかつ俺の希望が受け入れられてその時間帯で働ける仕事なんて、この旭川にあるのかな。転生する前にいた現代日本の旭川は、少子化の影響もあって、人口減少が進んでどんどん寂れて行っていたぞ。駅前の買物公園も、シャッターを降ろした店が多くなっていたし、老舗デパートのフロアも空きテナントでがらりとしているものが目立っていた。


 いやー、でも。更に待て待て。


 そもそも、フルタイムの仕事を見つけることができたら、そもそも、相撲部の監督をやる必要は無い、よね? そもそもってつい二回言っちゃったよ。


 あの世で女神様のクロハに言われたから、それが必要であるかのように思ってきたけど、別に、そこまでしてやりたい任務でもないし。やらなくても済むならやらない方がいい。


 しかも、就任が決まったと思ったら、ここに来て「無給ですよ」と、にこやかな笑顔で言われている状態だよ、今の俺は。


 そう考えると、なんか、恵水と相撲を三番も取ったりして、随分と時間の無駄だったな。なんというか、今までの俺の人生を象徴しているんじゃないかとも思える。


「済まんが、俺もボランティアじゃないから。無給じゃ働けない。生きていくためには収入源が必要なんだ。だから監督の話は無かったことに……」


「だから最後まで人の話を聞きなさいって言っているでしょ!」


 まるで張り手のように。クロハがぴしゃりと言った。


 あまりの威厳に、俺は思わず直立不動で気を付けの姿勢になってしまった。クロハ、さすがに正体が女神なだけはある。


「相撲部監督就任を決意した、そんなあなたに! 仕事を斡旋します。これなら安心して監督として指導できるでしょ?」


「それこそ、最後まで聞かなきゃ分からないことだな。どんな仕事だ? 労働者を搾取して簡単にポイ捨てするようなブラック企業は勘弁してくれよ」


「そこは安心して。旭川ならではの仕事だから。旭川といったら、何が有名だと思う?」


 そりゃ、釈迦に説法ってやつじゃないのか。ナメてんじゃねえぞ。


 俺は旭川生まれ旭川育ちの旭川西高出身の生粋の旭川市民なんだぞ。……現代日本の、だけど。


 こちらの旭川には西高が無くて魔法学園になっちゃっているけど。


「旭川といえば、動物園だな」


 旭川市の郊外にある旭山動物園は、北海道内最強の観光スポットと断言しても良い。


 旭山動物園を目玉として組まれた観光ツアーも多々あって、北海道外の関東関西などからも多数の観光客が来ている。日本国内だけではなく、中国をはじめとして外国からも多くの観光客を迎えているのだ。


 旭山動物園は、それ単体で外国からでもお客さんを呼べる、強力なコンテンツだ。もちろん、旭川の誇るべき財産だ。


「そりゃ確かに動物園は有名だけど、旭川のいいところって、それだけじゃないでしょ? それとも、他には思いつかないとか?」


 バカにすんじゃねえ!


 俺は旭川市民だぞ!


「酒だ! 高校生のお子様相手だからあえて言わなかっただけだ。旭川といえば酒! 俺も酒は大好きだ。お前らは高校生だからまだ飲めないけど、旭川の酒は大雪山系の雪解け水を使っていて、とにかくキレがあって旨いんだ」


 キレているのは、むしろ俺の方だったかも。


「バカなの? そりゃ、お酒が有名なことは知識としては高校生の私だって知っているけど、旭川の有名な特産物って、お酒だけじゃないでしょ?」


 いや、それはエクスキューズが付くというか……クロハはただの女子高生じゃないだろう。女神だろう。その正体が、周囲の人にも広汎に知られているものなのかどうかは不明だけど。


「他にももちろんあることくらい知っとるわい! まずは、ええと、家具かな。日本全国で五大家具産地と言われているほどだ。それと、文学! 詩人の小熊秀雄や、小説家の井上靖、安部公房、三浦綾子など、著名な文人のゆかりの地なんだぞ。あと、それと、米、蕎麦、だな。他に農産物も、割と何でも採れるぞ。あとは……」


 クロハはというと、無感動な表情で俺の方を眺めている。期待通りの答えが出てきていないということだろう。


「アニメの聖地としても有名だぞ。冬まつりの時に出演した声優と監督を呼ぶイベントも開催された。北海道外からも多くのアニメマニアが巡礼と称して真冬の旭川にやって来たくらいだ。アニメの中で登場人物が訪れたスイーツ店PATISSERIE HOSOKAWAは実在するお店で、作中でヒロインが美味しそうに食べていた絶品スイーツのシエスタプリン、実在する商品だから本当に食べることができるんだぜ?」


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