第20話 パートじゃなくフルタイム労働をしたい

「学校の生徒なんだから、朝から登校して、授業を受ける。魔法の勉強をする。魔法だけじゃなく、私たちくらいの年齢の若者が勉強すべき、国語、数学とか英語とか日本史、世界史、物理、化学、美術、書道、体育、とか、そういう科目も勉強する」


「うんうん。学校の勉強は『方程式なんか何の役に立つんだ』的な文脈で批判されることも多いが、物事の考え方の基礎だからな。勉強は大事だ。分かるぞ」


「つまり、そういう一般教養的な授業と、魔法に関する理論、実技、なども勉強しているのよ。魔法学園の生徒だから。部活というのは、教育の一環ではあるけど、あくまでも正規の授業とは違う、放課後に行うもの」


 そのへんは、俺がいた現代日本でも同じだったはずだ。私立のスポーツ強豪校なんかだと午前中から練習している所もあって、それはそれで批判されていたみたいだけど。どっちにせよ、部活を頑張るのは良いことだが、あくまでも勉学こそが学生の本分だ。勉強する気が無いんだったら、それこそ相撲だったら、高校をやめて大相撲の世界に入ればいい。中学校までは現代日本では義務教育だけど、高校は義務ではないからな。


「だから、部活は放課後。授業が終わってから、下校時間になるまで。短い時間だけど、その時間を有意義に使って稽古する必要があることは承知しておいてね。で、その放課後の部活動の時間に、赤良に監督をやってもらって、技術的な指導をしてもらう、という話だったわね?」


 そうだそうだ。そこで俺の出番ってわけだ。相撲部監督。なりたくてなった訳ではないが、実際に就任してみると、なかなかいい響きじゃないか。そのうち自分でも気に入ってカマボコのようにしっくりと板に着くことだろう。


「私とメグは学生だから、朝から授業を受けて、放課後にここに来て部活をする。じゃあ、監督の赤良は? 放課後は監督として指導をする。でも、学校の授業時間は何をするつもりなの?」


「へ?」


 世界が、揺れた。


 いや、動揺したのは俺の心の方か。


 いやいや、やっぱり世界が揺れている。動揺している。


 まるで、嵐の夜に翻弄されるサンタマリア号のように、世界が揺れて船酔いのように頭がクラクラする。胃が少し疼いて吐き気という信号を脳に送っている。


 やめろ。俺を責めるな。わけも分からないうちに4トントラックにひかれて死んで、異世界に転生させられて、チート能力も無ければ現代日本知識で無双できる見込みも無く、金髪ツインテ美少女とのLS展開もハーレムも無い。そんな恵まれない俺を、更に地獄に突き落とすというのか? せめて平和に相撲部監督をやらせてくれよ。給料も払ってくれよ。


 ……と、心の叫びは発生したけど、言われてみれば、その部分は失念していた。


 クロハと恵水は生徒だから、朝、学校に来て勉強して、放課後になってから部活。


 俺、相撲部監督。放課後になってから部活。


 それまで、何をしていればいい?


「分かってくれたかしら? 相撲部監督は、放課後から下校時間までの限られた時間だけの仕事でしょ? 時間にして、二時間くらいかな。それだけの仕事で、どうやって生きていくつもり?」


 一日あたり二時間のパートタイム労働が週五日、かな。いや、もしかしたら土日も稽古とか練習試合とかあるかもしれないな。だとするとそこも出勤で、休日出勤ということで割り増しが付いて、、、、、あーでも、土日くらいは休ませてもらいたいな。趣味の薫製作りとか、日本全国お城巡りとか、アニメタイアップのスタンプラリーとか、ラーメン食べ歩きとか、やりたいことはたくさんあるのだ。人生は短いのだ。


 あ、俺って、トラックにひかれて人生短く終わってしまったんだっけ。


 とにかく、土日は休みたい。ならば、平日にしっかり働いて生活費を稼がなければ。


 一日二時間のパート労働。


 さすがにそれで大丈夫と思えるほど、甘い考えは持てない。現代日本に甘い幻想は抱いていない。


 薫製作りをするために材料の肉や燃料のチップを買うにしても、あるいはラーメン屋に入ってとんこつチャーシュー麺を食べるにしても、ドライブのためのガソリンや車の車検や保険にしても、趣味を満足に行うためには先立つお金が必要だ。もちろん、日々の生活のためにもお金は必要だ。


 フルタイムで働かなくては。


 朝、八時くらいから、昼一時間休んで、夕方五時まで。


 ハロワに並んで、探さないとダメか……とほほだな。フォークリフト運転手の募集はあるだろうか?


 違和感が。まるでブーツの中に入り込んだ小石のように、一歩、また一歩踏み出して歩くごとに足の裏に不快な刺激を与える。なにかを忘れているような。


 そうだ。フルタイムで働いたら、今度は相撲部監督ができなくなるんじゃね?


 相撲部監督は、放課後だから夕方が活動時間になる。その時間帯は、フルタイム労働者にとっては、まだ勤務時間内ということになるはずだ。シフト制でない限りは。


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