第19話 ブラック労働は平成日本だけでたくさんだ

 女子高生二人が、心底驚いたというような声をあげて、俺の方に視線を向けた。


 な、なんだよ、その目は。まるで、……まるで、……えっと、ちょっと喩えがすぐには思い浮かばないな。


 そう、例えるならば、HNFの野球の試合を観るために札幌ドームに行ってみたら、肝心の球団は北広島ドームにとっくに逃げてしまった後で、札ドではHCSのサッカーの試合が行われていた、みたいな、信じられないものを見る驚きの目だ。


「ちょっと、赤良。何を寝惚けたことを言っているの?」


「ねえ部長、あなた、いくら部長だからって、何でもかんでも決める権限は無いはずよね? 監督就任はいいとして……」


 な、なんだ、なんだ? 何か問題でもあるのか? 俺、監督になれるんだよな?


 決まったばかりの監督就任を喜んだら、いきなり疑問があるかのような態度を取られて、俺ってば困惑しちゃったじゃないかよ。


 そんなに感情表現とかしたらダメか? 大相撲でも、土俵の上では礼儀を重んじて、勝ったとしても喜んでガッツポーズしたりしたらダメらしいし。……まあ、そういう堅っ苦しいところは、現代日本でも、転生してきた異世界の疑似旭川でも同じことかな。


「赤良。あなた今、収入源は確保できた、って言ったよね?」


 俺は、現代日本に居た頃に観たゾンビアニメに出てきたネタのように、首が折れているレベルのヘドバンの水準で、大きく頷いた。


「収入源って、どこからのつもりよ?」


「あ、何を言っているんだクロハ部長さんよ。さっきアンタが『赤良の生活基盤安定のために相撲部監督になりなさい』的なことを言って俺をスカウトしたんじゃなかったのかよ。相撲部部長として働けば、学校職員として給料をもらえるんだろう? 普通の学校じゃなくて魔法学園だけど」


 俺の発言を聞いて、クロハと恵水は一瞬お互いに顔を見合わせて、ほんの一瞬だけど、憐れみの表情を浮かべていた。……そのように、俺の目には見えた。


 な、なんなんんだ、この不穏な会話の流れは。


「あのねえ、赤良。相撲部監督の仕事、給料は1円も出ないから」


 部長の責務として、クロハが残酷に言った。おいおい、昭和時代に放送されていたような不治の病ネタのテレビドラマで、医師が患者に白血病を宣告するシーンみたいだったぞ。……そんなドラマ観たこと無いけど。


 ……なんて、冗談で茶化している場合じゃない。


 出ない。


 いちえんも?


 マジですか?


 それはおかしくないか?


 この旭川では、そんな不正義が許されるのか? いや、許されてはならない。反語表現だ。


「おい、それはどういうことだよ。きちんと説明しろよ。監督として働け、でも給料は出ません、なんて、フザけてんじゃねえよ。場合によっては労働基準監督署に訴えてやるからな」


 思わず言葉遣いもぞんざいで荒っぽくなる。まあ最初からそんな綺麗な言葉遣いはしていなかったけど。


 だけどマジな話、ブラック労働は平成時代の現代日本だけで沢山だ。ここは舞台が魔法学園の部活だから、ブラック部活というべきか。


 日本の伝統である相撲とか、あるいは長い歴史を持ち伝統のある高校野球とかでもそうかもだけど、伝統、というものを振りかざして理不尽を継続して強要する、という、それこそ悪しき伝統は、キモチ悪いライトノベルのように平和に滅んでほしいものだ。


「ちょっと待って。赤良の方こそ、最後まできちんと話を聞いてよ。相撲部監督の仕事では、給料は出ない、って言ったのよ」


 あ、もしかして……


 賢い俺は閃いた。もし俺がこんな疑似旭川ではなく本物の中世西洋風異世界に転生していたら、このあまりの賢さによって賢者に祭り上げられて、現代日本知識でチートしてハーレムうはうはだったかもしれないな。


「そうか。魔法学園の職員として雇ってもらえば、あくまでも職員としての給料がもらえるというわけか。その代わり部活の監督を増額無しでやれっていう話なんだな。うんうん、論点が分かった。その監督就任による増額を要求していけばいいってことだ」


 なんなら労働組合でも作ろうか。俺一人しかメンバーのアテが無いけど。てか、この世界に団体交渉権とか団体行動権なんて概念があるのかな。現代日本でも忘れられかけているけど。


 俺の台詞を聞いていたクロハと恵水は、ハローワークに並んでいる人を見る高級官僚のような眼差しで俺を見た。……なんだよ、俺、なんかやっちゃいました? 何か間違ったことを言ってしまいましたか?


「あのね、いち、から説明しなきゃダメかしら。あるいはゼロから説明しなきゃ無理かしら」


「なんだよ。話が分かって通じるなら、ゼロでもイチでもどっちでもええわ」


「私もメグも、この旭川西魔法学園の生徒よ。そこまでは理解している?」


「おう、もちろんだ」


 理解はしている。だが、納得していない部分も多い。本来この場所には自分の母校である高校があるはずだった。公立の男女共学で、普通科と理数科があった。……それが、魔法学園だなんて。納得できるはずがない。


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