第13話 プロレス相撲
と、俺が右足を踏ん張った瞬間を狙ったかのように、いや、狙ったのだろう、今度は相手は逆の下手から投げを打ってきた。
おっとっと。右足を踏ん張っていたから、一瞬、投げと同じ方向へ自らの力のベクトルが向くところだった。
すんでのところで今度は左足を踏ん張る。これで、左からの下手投げも防御成功した。
さらに、恵水は両方の下手から左右に揺さぶりをかけてくる。だが、両上手を引いている俺はびくともしない。
疲れてきたのか、やがてゆさぶりの力が落ちてきた。相手には攻め手が無いのだ。手詰まりということだ。恵水ちゃん残念でした~。
佐藤恵水の攻撃を受けきったということが分かったので、俺は反撃に転じた。上体を相手の頭に押しつけるような格好で、前に圧力をかけた。
必死に踏ん張って耐えている、らしい。が、単純な力学だ。
裸足の恵水の足は、スケートのように土俵の土の上を滑って後ろに真っ直ぐ下がる。恵水さんの足が土俵にかかったところで、前進は止まる。
恵水は渾身の力で踏ん張って抵抗する。といっても、両上手まわしを引いてがっちり抱え込んだ俺の体勢を崩す方法は無い。単純に足の裏に力を集中して俵を噛んでそれ以上の後退を拒むばかりだ。
「ほい」
俺の勝利は時間の問題だったが、無駄な時間を費やさずに、もっと早い手段を使った。
「勝負あり」
行司役のクロハが宣言する声がプレハブ内に響く。軍配は持っていないけど、クロハの手が西を指している。
俺は勝った。決まり手は吊り出しだ。
完勝だったな。イメージとしては、横綱貴乃花の取り口だろうか。
圧倒的な強さ、実力の差があるからこそ、挑戦してくる下位の力士に対して、最初は自分からは攻めない。相手に存分に攻めさせて技を受ける。このへんはプロレスの考え方に近いかもしれない。ただ単純に勝つことだけを目指すのなら、相手の技を封じて出させないのが、勝利への近道だ。だがそれでは、見ているお客さん的には面白味が少なくなってしまう。なので、突き押しが得意な力士には取り敢えず突っ張らせて、四つ相撲が得意な力士に対しては組んだ上で寄りなり投げなりを受けて、全てをきっちり防ぎ切った上で、あとはそっと寄り切って勝負を決する。相手の技をあえて受けるという意味ではプロレスみたいなもんだ。
まあ、今回の俺の場合は吊りという技を出してさっさと決めてしまったけど。
「ちょ、ちょっと、いつまで抱きついているのよ。いやらしいわね」
「あっ、すまんすまん」
言われて気づいた。相撲の取り組みが終わってしまえばこの格好は、肌も露わなレオタード姿のジェーケーに対して、いかついおっさんが外側から抱きかかえている、というものだ。喧しいラジカルフェミなどに見られてしまったら、なんとかハラと言われてどれだけ騒ぎ立てられてしまうことか。
慌てて俺は仕切り線の後ろの西方に戻った。恵水は吊り出された場所に立ち留まって、肩で荒い息を続けていた。でも、激辛味噌ラーメンのスープのように真っ赤だった顔がピリ辛くらいに戻りつつあるようだ。
俺が離れたら赤面が元に戻りつつある、ってことは、もしかしてだけどもしかしてだけど、男の俺と密着していたことによる気恥ずかしさの赤面だったのかも?
……って、これはさすがに意識しすぎか? 自意識過剰で端から見たらキモいかな。自意識過剰は中二病こじらせだけに留めておいた方が無難か。
「どうだ。勝ったぜ。技は吊り出しだ」
「い、今のは、あなたの反則負けよ」
副部長は素直に自分の負けを認めなかった。これはアレか。ツンデレというやつか。
「吊り出しは決まり手であって、技じゃないでしょ」
「いや技だろ。違うのか?」
「私が技じゃないと言っているのは、今の相撲の取り口、自分よりも身体が大きくて力が強い人に対しても、同じようなことをやって勝てるの? っていうことよ。今の吊り出しだって、そういう観点からいったら、技じゃなくて力の勝利でしょ?」
「あー、言われてみればそうかも」
認めたくないものだな。おっさん故の過ちというものは。技で勝て、と言われていたのをすっかり失念していたかも。体格差と力の差で勝っちゃった。
恵水の言う通り、今の相撲では、自分より大型力士には勝てない。小兵力士の闘い方じゃないのだ。
「ほら。技で勝てなかったんだから、監督として指導するには不向きってことでしょ。だから監督就任は認めないということで……」
「待った待った待った! 今のは間違えたんだ。もう一回やらせてくれ。今度こそ、俺が仮に小兵力士だったとしても勝てるような技で勝ってやるから!」
西方の徳俵のすぐ内側に立ったまま、俺は勢い込んで大声で言いつのった。唾が西の仕切り線の辺りまで飛んだ。
「どうしてもう一番取らなくちゃならないのよ。私の勝ちなんだから、もういいでしょ」
「勝ってねえだろ……おい、クロハ部長からも言ってやってくれよ。クロハはさっき、西の俺が勝ったって軍配上げただろ?」
東の佐藤恵水と西の城崎赤良。二人の視線が行司のクロハ・テルメズに注ぐ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます