第12話 才能と努力の相克

 バスケットボールやバレーボールだったら、身長が高い方が圧倒的に有利。でも、それに負けじと身長で劣る奴でも一生懸命練習して技を磨く。


 相撲だけに限定する話ではない。男女も関係ない。何にでも共通する話だ。


 身体が小さい方がありがたいスポーツなんて、まず無いんじゃないかな。水泳とかサッカーだって身長が高い方が有利だ。バレーやバスケほど身長によるアドバンテージが巨大ではない、というだけで。


 ああ、思い出した。競馬のジョッキーは背が伸びたら困るんだっけ? うろ憶えだけど。


 つまりは、ごく一部の例外を除けば、身体が大きい方がスポーツにおいては有利だ。


「体格で勝っている相手に勝つためには、力ではなく、技で勝たなければならない。つまり、相撲部監督になった場合、生徒に対して技を教えなければならない。だから城崎さん、あなたは私に技で勝ってみて」


「技で勝つ? そりゃ相撲は、勝ったら、なんらかの形で決まり手が付くもんじゃないか?」


 相手の勇み足とか、相手の髷を掴んだことによる反則負けとかを除けば、勝てば何かの決まり手が当てはめられる。


「決まり手の話じゃなくて。たとえば、身体の大きさと力の強さを活かしただけの突っ張りで押し出しで勝ったとしても、そんなのは認めない。だってそれは、自分よりも大型の力士には通用しない勝ち方でしょ。私は、そういう力士に勝たなくちゃならない。勝てるようになりたい。だから、技を教えることができる指導者がほしい」


 才能と努力の相克の話だ。どこでも聞くよくある話だ。それは俺がいた現実の旭川と、この異世界の旭川でも同じことらしい。古典的ではあるけど、現在でもずっと問題であり続けている。そりゃそうだ。その問題に直面するのは、今を生きている人なんだから。


「指導者は女性の方がいい。でも人材不足で、そうも言っていられない。ならば男であっても、技を教えることができるだけのノウハウを持っているなら、認めてもいい」


 認めてもいい、と言ってはいる。だけど恵水としては、かなり妥協譲歩した結果なんだろうな。そうであることは俺にも容易に想像はつく。


「力で私に勝ったとしても、認めない。技で、私に勝ってみて。それなら監督として認めてもいい」


「よし、いいだろう。技で勝てばいいんだな」


 では、神社に移動しようとプレハブから出たところで、顔に水滴シャワーを受けた。さっきからずっとどんより曇っていたが、雨が降り出している。蒸し暑い。一斉にカエルが鳴き始めている。田舎の光景だ。


「うわー、降って来ちゃったよ。やっぱ熱帯雨林だね。どうするメグ」


 佐藤恵水は恨めしそうに空を見上げながら考え込んだ。心の中で葛藤しているのだろう。神社に行くのが困難な以上、勝負は断りたいはず。だがここで断ると、負けを恐れてビビったと解釈されてしまう。


「……分かった。部室の土俵でやりましょう」


 驚いた。案外あっさり承諾したものだ。このへん、現代日本の保守的なエラい人とは違って若いだけあって柔軟な思考ができるのかも。俺は少し佐藤恵水という人物を見直した。


「終わったら、汚れた土俵を一旦崩してお祓いして、もう一度作り直すから」


「おいおい……」


 とんでもない場所に妥協点があったが、終わった後の心配よりも、まずは取り組みだろう。


 俺は土俵に上がった。西だ。東方には、佐藤恵水が仕切り線を挟んで向き合う。当然、クロハ部長が行司としてこの男女ミックス戦を裁くことになる。


「ひがぁーしー。佐藤メグミィー。にーしぃー。城崎アキラァー」


 真っ正面から向かい合って立つと、やはり恵水は小さい。いやこれでも女子高校生としては平均くらいの体格だと言っていた。要は、俺が男として平均を上回る大きさなのだ。


「見合って、見合って」


 両者、白い仕切り線の後ろで蹲踞をし、仕切り線ぎりぎりに手をつく。俺は左手だけを土俵について、右手は拳を握りしめて宙に浮かせた。一方相手の恵水は両手を仕切り線の真上くらいについて、ジャンプする直前の蛙のように体勢を低くして構えている。


「はっけよーい、、、、」


 今だ。


 立ち合い。


 俺は右手を土俵の土に叩きつける反動を利用する気持ちで、膝に力を込めて立ち上がった。潜水艦が海底二万里に潜り込むようにして、恵水は俺よりも低く下から突き上げてきた。


 恵水の頭頂部が俺の胸骨に当たる。


「ぐっ」


 一瞬だけ肺をハンマーで叩かれたような錯覚を感じ、息が詰まりそうになる。女子高校生とは思えないような強い当たりだった。さすが女子相撲部。やりますね、恵水さん!


 だが、力の差もあるし体重差もある。俺は、少し状態が起きてしまったが、それでも恵水の低い突進はくい止めた。


 両手を前に出すと、まるで吸いつくように恵水の、まわし、に触れた。ここだっ、とばかりに握る。右手も、左手も。


 俺は両上手を取った。恵水も俺の懐に潜り込んで、両方の下手を取ったらしい。もろ差し、という体勢だ。


 小兵力士は、大型力士の内側に潜り込んで、有利な体勢でまわしを取れば、次の展開として色々な技を繰り出す可能性も発生するだろう。


 今、俺と恵水は、懐に潜り込まれてはいるものの、一方的な恵水の優位ではない。いわゆるがっぷり四つだ。恵水も両手でまわしを握っているが、俺もその外側から両上手をしっかりと握っている。


 そこから。恵水は前に圧力をかける。俺を主語にして言い直すと、俺は恵水から圧力を受けた。


 俺の足の裏は土俵の土を踏みしめた状態で、少し引きずるようにして後ろに下がった。だがあくまでも少しだけだった。


 ふくらはぎに力を入れて踏ん張ると、恵水の前進は止まった。


「ふ、ぅっ……」


 恵水は攻勢を休めなかった。身体の大きい俺を寄せきることができないと見るや、右手に力を入れた。右下手投げだ。


 だが。俺は左右両方の上手をがっちりと取っている。右足を少し踏ん張るだけで、相手の右下手投げをこらえた。


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