第14話 主人公の努力シーンはツライ
「うーん、そうねえ……。じゃあ、もう一番取ってみることにしましょう。私も、赤良がどれほどの技を持っているかをもうちょっと見てみたいし」
俺ってば監督になるはずなのに、完全に呼び捨てされとりますわ。まあ、クロハは女神だからしょうがない。
「でも、今すぐ対戦したら、息があがっている恵水と余裕の赤良とで不公平なので、恵水は5分休憩。ハンデを付けるために、赤良はその場でスクワット200回やって。これなら、赤良も力ではなく技で勝たなくちゃならなくなるでしょ」
なんか理不尽な罰ゲームを課されている気がするんですが。
恵水さんはさっさと土俵から降り、さっきクロハが寝ていたソファに座って、冷蔵庫から小さいペットボトルを出してちびちび飲んでいる。
まあいっか。と俺は割り切った。それくらいのハンデを付けても、勝てばいいのだ。勝てるか勝てないかの二択で質問されたら、自信を持って勝てると回答する。
俺は土俵の輪から一歩外に出て、その場で両腕を頭の後ろで組んで足を肩幅に開き、スクワットを開始した。
「いち、に、さん、し、ご、……」
だいたい1秒に1回くらいのペースで、膝を曲げてしゃがんで、また伸ばして直立する。それを延々繰り返す。こういう基本的なトレーニングは地味で退屈なものだ。
俺、知っているぞ。ウェブ小説投稿サイトなんかでは、主人公の地道なトレーニングシーンとか、読者に嫌われるんだとか。だから、異世界に転生した主人公は苦労することもなくチート能力で無双できるんだとか。
でも現実は厳しいな。ハンデを付けるためにスクワット200回とか、意味の無い苦労を強要されてしまう。ましてや俺、相撲の力士になるためじゃなくて、監督に就任するために、こんな苦労しているんだぜ? ブラック企業の社畜化研修みたいだ。
最初のうちは余裕だったけど、回数が50回、80回、100回となってくると、段々太腿の表側の筋肉が張ってきた。普段からある程度鍛えてあるとはいえ、アラフォーのオッサンであることも事実だ。体力の衰えは現実だ。1秒に1回ペースも落ちてきた。
少し、俺の息が荒くなってきた。その一方で、ソファで休んでいる恵水は次第に落ち着きを取り戻している。
ただ、見方を変えれば、俺はスクワットにより、心肺的にはやっと準備運動ができたようなものだ。さっきの一番は準備運動もやっていなかった。
……ぶっちゃけ、こんだけ実力差があったら、準備運動などせず、ぶっつけ本番で勝てるけどな。
結局、200回やり切って、少し休んで息を整えたくらいで、時間が来た。
「はい、じゃあ、もう一回。ひがぁしぃー、佐藤めぐみぃー。にぃーしぃー、城崎あきらぁー!」
お互い一礼して、仕切り線を挟んで蹲踞。今回も恵水は両手を先について、低い姿勢をとっている。
「見合って見合ってぇー。はっけよーい、……残った!」
低い当たりが下から突き上げてくる! のは分かっていた。
俺は咄嗟に左へ動いて、相手の突進を回避した。そのまま、相手の首根っこを左手でそっと押す。
「えっ」
時間にすれば、1秒かかったか、かからなかったか。
「勝負あり!」
佐藤恵水は、ばったりと両手を土俵についてしまっていた。
「今度こそ勝ったな。決まり手は突き落としってことになるかな」
「待った待った待った待った!」
すぐに立ち上がり、両手の掌に付いた土をぱちぱちと拍手するようにして払いながら、恵水が抗議する」
「なんだよ。今の勝ち方なら、自分より体格が大きくて力が強い力士にも勝てるだろ。ちゃんと条件に合致しているぞ」
「立ち合いの変化でしょ! こんなの、勝ったうちに入らないでしょ」
「なんだよ恵水。相撲取りのくせに、変化を否定するのか? 変化だって、反則として禁止されていない以上、立派な技だぞ。それに引っかかって負ける奴が悪い」
「そんな『詐欺に引っかかる奴が悪い』みたいなことを言われても納得できないわよ」
「そりゃ詐欺は犯罪だからな。引っかかった人が悪いんじゃなく、やった奴が悪い。だけど相撲の変化は犯罪でもないし反則でもない。それにハマって負けた奴が一方的に悪い。詐欺と相撲の変化は違う。恵水が言っているのは、単なる負け惜しみだ」
「うっ……でもこの戦法は、毎回は使えないでしょ。変化がある、ってことを相手に警戒されてしまったら、その時点でほとんど上手く行かなくなってしまう。それは技とは呼べないでしょう」
恵水は東方の徳俵の位置に戻って言い募っている。興奮しているせいか、唾が飛ぶ。
「だから自分の負けを言い訳しているなよ。言い訳なんかしていたら強くなれないぞ」
「言い訳じゃないわよ! 城崎さんが監督になった時、変化ばっかり教えるっていうの? それで指導になるの? そういう趣旨を言っているんだけど」
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