第8話 俺だけが居場所無い街
クロハと佐藤恵水は呼吸を整えながら、土俵上に立ったまま俺の話を聞いている。俺は今の一番を見て思ったことを語った。
俺が見たことのある相撲というのは、テレビで観る大相撲だ。プロの男性力士の相撲競技である。テレビで放映されているのは、大抵幕内以上の力士たちの取り組みだ。そのすぐ下の十両くらいならともかく、そのさらに下の幕下、三段目、序二段、序の口の力士の相撲など、千秋楽に各段優勝力士の優勝決定の一番をビデオで流すくらいだ。
現代日本に生きていた俺にとって、相撲を観る機会なんて他には無かった。大学などアマチュア相撲が存在することは知っていたが、観る機会などほとんど無い。
だから、俺が観たことのある現代日本のプロ男性力士の大相撲、それもテレビに映る幕内力士を基準にしてしまうと、今の一番などは明らかに素人の動きで、物足りない。
相撲以外の競技における女子選手で考えると、テレビのオリンピック中継で観る女子柔道とか、アニマルの娘や霊長類最強選手が活躍していた女子レスリングとか、テレビ観戦といえば女子プロレスもあるだろう。そういった五輪出場レベルの女子選手や女子プロレスラーと比較しても、物足りないというのが正直なところではある。
だけど、素人の女子高生の相撲としては、なかなか良かったというのは本当だ。その辺を歩いている女子高生をランダムに見繕って相撲を取らせてみても、ここまでの動きは期待できないだろう。
「クロハの方は、さすが部長だけあって、いい動きしていたと思う。準備運動もしていないのに、あそこまで動ければすごいだろう。ただ、逆に言えば、準備運動をしていたとしても、現状だったら今以上の取り組みはできなさそうかな。天性のセンスで勝てたけど、しっかりした土台としての基礎が無いから、地に足がついていない感じがする」
「ほう……」
と、思わず声が漏れたのは副部長の佐藤恵水さんの方だった。おそらく副部長から観たクロハの課題も、俺と同じような感じなのだろう。
「で、次は佐藤恵水さんの方だけど、四股踏みのような基本的な練習はやっているようだけど、まだまだ経験不足かな。だから体の大きさでいえばクロハよりちょっと背も低いしちょっと体重も軽いくらいだけど、そのちょっとの分で力負けしてしまう。あまり基本的な運動神経も良くなさそうだ。でも四股踏みみたいな基礎から始めているから、そのうち伸びてくると思う。今の一番にしても、低く額から当たっていく動きは良かったし、その後の差し手争いの時の腰を落とした下半身の感じは良かったんじゃないかな」
「おお……さすが、私が見込んだ監督よね。鋭い見方をしているっしょ。ね、メグ、この人が私たちの新監督ってことでいいでしょ?」
満面の笑みで、クロハ・テルメズ部長が佐藤恵水副部長に言った。
だが。渋い表情の恵水さんは首を横に振った。
「確かにこの城崎さんって人、それらしきことは言っているけど、あくまでもそれらしきってだけですよね? 本当にちゃんと相撲について理解しているのか、今の一番を観てコメントしてもらっただけでは分かりませんよね? だから私は男の人である城崎さんが監督になるのは反対です」
自分のことを認めてもらえなかったのだから、俺としては承認欲求を満たせずに残念だった。だが、いきなり訳も分からぬ展開で魔法学園の女子相撲部監督にさせられそうになって困惑していたので、一瞬ほっとしたのも事実だ。
でも、俺、これからどうすればいいんだろう?
女子相撲部監督になっても、やっていけるかどうか不安だけど、じゃあ、ならなかったらどうする?
いきなり異世界に転生してきて、旭川だけどなんかちょっと旭川とは違う街。俺だけが居場所無い街。
俺の住んでいた家って、ここにもあるのかな? 俺が働いていた職場の倉庫は?
「無いわよ!」
突然、クロハが言った。
無いって、何の話だ?
「城崎赤良、あなたがウチの監督になれなかった場合、行き場書が無いって言っているのよ。赤良、あなた今、自分の住む家や職場がどうか、心の中で心配したでしょ?」
クロハに厳しい口調で指摘されて、俺は口ごもった。いや、どこから突っ込めばいいのか困ったのもある。とりあえず俺、女子高生に呼び捨てされているんですけど。……いや、クロハは女神だからいいのかな?
それに、俺の心の中が読まれていたみたいだ。いや、これもクロハは女神だからいいのかな? んでも、心の中が全部読まれるというのは、なんか不安で恐ろしくもある。ちょっとでもえっちぃことを考えたりしたら、ここぞとばかりに厳しく断罪されてしまいそうだ。……だけど、心の中が読めるなら、さっきの胸を触ってしまったのは、わざとではなく、あくまでも事故のLSだってことは分かってくれると思うんだけど……
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