第9話 相撲監督に、俺はなる!
「異世界から転生してきた赤良には、住む家も働く職場も無いわよ。ここは、元の世界とは全然別物なんだからね。そこのところ勘違いしないでよね。無いからには、自分で確保しなければ。だから私がこうしてスカウトしているのよ。赤良も自分で自分の居場所を確保するための努力をしなければダメよ。だからさっさと自己アピールしてメグを説得して、監督就任を認めてもらいなさいよ!」
なんだよ。クロハが恵水さんを説得してくれるんじゃないのかよ。俺が自分で自己アピールしなきゃいけないのかよ。
でも、自己アピールとか、そういうのはなんとなく苦手ではある。特に俺のような、元の世界である現代日本で就職氷河期を経験した世代としては、それは圧迫面接と戦ってきたトラウマですらある。
元の世界では、せっかく倉庫の仕事にありついて、フォークリフトを運転する資格を活用して働いていたのに。
異世界転生によってそれがリセットされちゃって、新たに就職活動か。ありゃりゃ。
……魔法学園の女子相撲部監督になったとしても、安定した収入が得られるのか、住む所がどうなるのか、などの疑問がまだまだ残るのだが、まずは監督にならないとマズそうだということは肌感覚で理解できる。
クロハは女神だ。そのクロハが天界でも監督どうこう言っていた。だから細かいことはともかく、俺はここで監督にならなければならない。想定したくない事態ではあるがもし万一監督になりそこなったら……最悪、クロハに見捨てられてしまうんじゃないだろうか。そうなった時に、旭川に似ているけど俺の知っている旭川とは微妙に違うこの街で、俺はどう生活を確立させていけばいいのか。
フォークリフト技能講習修了の証書のカード、この世界でも有効なのかな?
だからまず、異世界に来た第一歩として、俺は魔法学園の女子相撲部監督にならなければならない!
俺は少し演技がかった大袈裟な仕草でびしぃぃっ! っと佐藤恵水さんを指差した。
「聞けぃ! 佐藤恵水!」
「な、なによ、呼び捨て?」
彼女は呼び捨てされることに抵抗があるらしい。いいだろう。むしろ、それくらいでいい。つまりはそれは、俺を監督としてまだ認めていないということ。明らかに年上であっても、まだ俺のことを尊敬するに値しないと思っているということ。
いいじゃないか。俺のことを認めていないというのなら、認めさせればいい。
やってやろうじゃないか。
「監督が弟子を呼び捨てにしても不自然じゃないだろう。今日、今、この瞬間から、女子相撲部監督に、俺はなる!」
コミックに出てくる麦わら帽子の少年海賊の台詞をパクった。でも決まったぜ!
「でもやっぱり、相撲は女の嗜みです。それを、男性が監督を務めるなんて、やっぱり不自然です」
あくまでも、恵水は考え方が保守的で頑なだ。元俺がいた現代日本でいえば「女が土俵に上がるなどけしからん!」と言っていた相撲協会のようなもんだと思えばいいのだろうか。あるいは、女子マネージャーは甲子園のグラウンドに立っちゃダメと頑なに禁止し続ける高野連みたいに捉えればいいか。
「ですから、私としては男性が監督に就任するのは認めたくありません」
きっぱりハッキリさっぱりと言い切られてしまった。俺は部長のクロハと顔を見合わせた。
「ねえメグ。別に私も彼を力士として入部させるわけじゃないんだよ? 土俵の外で指導する監督なんだよ。確かに男が土俵に上がることについては世間的な反発も大きいよ。でも、土俵に入るわけじゃないんだから、監督として指導することには問題無いと、部長の私は判断したんだよ」
「でも、相撲はあくまでも女の世界です。男が土俵に上がるのは論外ですし、土俵の外で監督として指導するにしたって、素直に受け入れるわけにはいきません。そもそも女の世界である相撲の場に、男が入ってきてどうするんですか? 女と女が土俵の上でぶつかり合うのを、いやらしい目で見たりするんじゃないですか?」
恵水のなかなか鋭い指摘に、俺の目が泳ぎそうになる。まあ、確かに、オリンピックの水泳とか陸上とかで、美人女子アスリートなどがいると、男としてはついそっちに目が行ってしまうのことがあるのは事実だった。
だがそれは女だって男のことを一方的に責めることはできないはずだ。イケメンのフィギュアスケート選手が出てきたりすると、追っかけ化してキャーキャー言っていたりするだろう。
「でもさメグ、そもそも相撲って古代には神様に捧げられるものだったよね? 美しい女の人が相撲を取るのを男の神様が観て喜ぶ、という図式だったはずだけど」
「え? 部長、そうじゃないでしょ? 男は力が強いから狩りに出て、女は呪術的な役割を担ったので地なる魔を抑えるために魔法を学び、魔法だけで絶滅させ切ることのできない魔物を封じるために相撲を始めた、ってことだったはずだけど」
……なんだ? こっちの世界における相撲の起源についても諸説あるってことか?
「メグ。私の説が正しいにしてもメグの説が合っているにしても、いずれにせよ、男であったとしても、土俵の外で指導するのは全く問題無いはずでしょ」
「うっ……そうかもしれないけど、この城崎さんという人が監督になるに相応しいかどうかは、別の話よね」
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