第6話 上は神を祀り下は魔を制する
俺はそんなに相撲の事情を知り尽くしているわけでもないし、最新情報を常に収拾しているとかでもないので、もしかしたら俺の知っている情報は古いかもしれない。今は違っているかもしれない。
……そう、思ったのだが。
情報がちょっと古い、とか、ちょっと間違っている、とか、そういうレベルの話ではなかった。
「あのー、城崎さん、何を的はずれなことを仰っているのですか。テレビとかご覧になったこと無いんですか?」
なんか、JKの佐藤恵水さんにひどくバカにされたようなことを言われたような気がする。いくら俺が貧乏でも、部屋にテレビくらいはありますわ。それで深夜アニメ観ているんだから。でも、そんなバカにされたようなことを言われるくらい、俺の方が先にマヌケなことを言ってしまったのだろうか?
「相撲はスポーツ競技である以前に、古来より神様に捧げられる神事でもありました。処によっては神社の境内に土俵があるのをご存知ですよね? 学校の隣の神社にも土俵ありますけど」
無言で俺は頷いた。まあ、それくらいは知っている。俺は模範的日本人なので、初詣以外の時でも頻繁に神社にお参りに行くのだ。学校の隣に神社があるというのは初耳だが、ここは西高じゃないのだから、西高知識はアテにならない。
「古代、それこそ縄文時代とかそんな辺りからでしょうけど、男性の方が一般的に女性よりも体力的に優れているから、狩猟のような過酷で危険な肉体労働は男性が担ってきました。一方女性は、子どもを産むということもあって神秘的な力を持っていると思われていて、神に祈るとか、呪術的な部分を担当してきました。それは、男女差別とかそういう近代的な価値観の話ではなく、男女の性差による自然な役割分担でした」
再び俺は頷く。俺はどちらかというとフェミニストであると自認している。でも、そんな思想が無かった古代は、当然そういう流れになったであろうことは容易に理解できる。
……てか、この佐藤恵水というJK、しゃべり方も話す内容も、随分と堅っ苦しいなあ。
よくよく見てみると、佐藤恵水という女子高生、正直に言ってそれほど美人ではない。黒髪で、前髪は眉毛のラインで真っ直ぐにパッツンと切りそろえられている。長さはセミロングくらいだが、後ろで二つの三つ編みにしている。それを縛っているのも、可愛いリボンとかではなく、普通の黒い地味なゴムだ。
黒縁の厚い眼鏡も野暮ったいし、顔には僅かながらそばかすが浮いている。一見した印象でいえば、学級委員長とかやらされていそうな地味な子、といった感じだ。
「相撲は神事です。上は神を祀り下は魔を制すると言われるように、相撲を奉納することによって天神地祇を祀り、魑魅魍魎を制圧するのが女性の役割だったのです。そういった長い長い日本の伝統があるから、土俵は女子の聖域、男子土俵に上がるべからず、なのです。別にそれは、男性差別であるとか、そういう話ではないのです」
ああ、もう、分かってしまった。分からざるを得ない。
この生真面目そうな学級委員長タイプの女子高生、佐藤恵水がとんでもない大法螺を俺に吹き込んでいる、という可能性も微量ながら無いわけではない。だが、今はまだ眠っているクロハや他の人に聞いて確認するなり、あるいはテレビを観るなりすれば、稚拙な嘘はすぐにバレるだろう。
たぶん、佐藤恵水さんは、そんな嘘は言っていない。
てことはつまり、相撲は女の専売特許ということなのだ。
俺の知っている現代日本とは正反対じゃんかよ。
ここはやっぱり、俺の知っている世界じゃないってことなんだな。異世界なんだ。
で、そんな「相撲は乙女のたしなみ☆」みたいなこの異世界で、オッサンである俺なんかが、力士が女子高生である相撲部監督になっちゃっていいんだろうか?
現在の状況は、魔法学園の相撲部稽古場で、女子高生力士佐藤恵水関と俺は二人っきりだ。正確にはもう一人、部長のクロハが居るのだけど、ソファで就寝中だ。
ついさっきまで完全に見ず知らずだった高校二年生女子と二人っきり。こんなシチュエーションで、俺は何を話せばいいのだろうか。間が持たない。
この状況を打開できるくらいだったら、俺は異世界に来る以前からリアルの人生がもっと充実していたはずだ。
どうしよう。神様、なんとかしてくれ。
俺は、神社にお参りに行った時と歯医者に行った時くらいしか神様には祈らないが、稽古場の一番奥の高い位置に小さいながらも神棚があることに気づき、心の中で祈りを捧げた。心の中で二礼二拍一礼。
その敬虔な祈りが通じたのか、ソファに寝転がってまるで死体のようだったクロハが、あたかも存在自体が風前の灯火の佐賀県のゾンビのようにむっくりと起きあがった。
「起きた」
クロハがそう言った。いちいち言わなくても分かる。
「魔法で体力を消耗しちゃったから、短時間ではあるけど睡眠をとった。あと、消費したカロリーを補う必要もあるので、アイスクリーム食べる」
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