第4話 汝ふたたび母校へ帰れず

「もう下手な言い訳はいいから。この魔法は、空中に浮くだけじゃなくて、水平方向にも移動するからね! ちゃんとしっかり掴まっててよね!」


 フォークリフトだって、パレットにフォークを二本差して上に持ち上げるだけじゃ意味が無い。そこから水平方向に移動して荷物を別の場所に移動させるためにあるのだ。この魔法も水平方向の移動ができるらしい。


 ……はい、今、さらっと重要ワード出てきました。


 ナチュラルに魔法って言ったぞ、このクロハとかいう美少女。


 だけど自転車が空に浮いているのは事実だ。これって、魔法以外でどう説明し得るだろうか? あるいは俺が幻を見ているのか。


 最初はゆっくり、だが次第にスピードを上げて、空に浮いた自転車は前に進み出した。クロハはペダルに足を置いてはいるけど、こいでいない。自転車のタイヤも回ってはいない。自転車だけが、クロハと俺を乗せて真っ直ぐ前に進んでいる。


「自転車二人乗りで公道を走ったら法律違反だけど、ここは空であって道路じゃないから、二人乗りでも大丈夫よ。二人どころか三人でも何人でも大丈夫。それこそ百人乗っても大丈夫よ」


「百人乗っても大丈夫なのは自転車じゃなくて物置の話だろう」


「この自転車は、そのへんのホームセンターで売っている安物じゃなくて、ハヤシサイクルで買ったものだから丈夫で長持ちよ。百人くらい行けるんじゃない?」


 さすがに自転車に百人は、どうやって乗るんだって話だ。しかし、冗談を口にするってことは、さっき誤って胸を揉んでしまったことについては、もう怒っていないということだろうか。


「これが魔法か。魔法って、すごいんだな」


 旭川の街を真上から眺めるのは斬新な経験だ。インターネットの地図だったら航空写真機能も使えるけど、画像として見るのと、本当にリアルに空を飛んで下を俯瞰するのとでは、なんといっても街の質感が違った。


 自転車は西へ向かって進んでいた。普通にママチャリが平坦な道路を走るくらいの速度だろう。だからそんな高速ではないが、空中なので道路の凹凸も無いし、建物に邪魔されて遠回りする必要もなく一直線に目的地へ進むことが出来る。


 空の旅の時間は、さほど長くはなかった。目的地に到着すると水平移動は止まり、ゆっくりと下降する。荷台からほんの少し尻が浮きそうになったが、辛うじてエレベーターの下へ参りまーす程度の感覚だった。


 自転車の両輪が地面に降り立つと、クロハの胴体にしがみついていた俺はすぐに荷台から降りて、自分の二本の足で地面に立った。地面と言ってもアスファルトで舗装された歩道だが、地球に接触していることが懐かしく感じた。


「ここよ」


 そう言ってクロハは、学校の校門を指さして示した。


 旭橋よりも西にあるこの場所。俺は知っている。俺はこの場所にある高校に三年間通った。つまり母校だ。


 校門には鈍く金属光沢を発するプレートがはめ込まれていて、校名が書いてある。


『旭川西魔法学園』


「な、なんだって? 魔法、学園?」


 変わり果てた母校の名前だった。西高等学校じゃないのかよ!


「何を驚いているのよ当たり前でしょ。……って、あ、そうか。あんた、転生者だったもんね。あんたにとってはここは、『魔法が実在する異世界』なんだもんね。それじゃあ驚いても仕方ないか」


 クロハは勝手にこちらの事情を忖度して納得してくれた。配慮してくれたというよりは、なんとなくバカにされているような気がして、気分の良いものではなかった。


「ついて来て」


 クロハは自転車から降りて、押して歩いて西高の敷地、じゃない、西魔法学園の敷地内に入っていった。慌てて俺もついて行く。歩きながら、さっき脱ぎかけてそのままになっていたスカジャンを脱ぎ、手に持った。それでも厚手のトレーナーを着ているので、今の気温だと暑く感じる。


 自転車置き場に寄ってダイヤル式ワイヤーロックをかけて、クロハは校舎の横を通ってグラウンドの脇を通って裏手の方へ行く。俺もすぐ後ろをついて歩く。


 グラウンドでは野球部員たちが金属バットを振って打撃練習をしていた。


 恐らく、どこの高校でも見られる普通の光景だろう。本当にここは異世界なのだろうか? 普通の高校ではなく、魔法学園なのだろうか?


「こっちよ」


 体育館の裏手に、プレハブ小屋があった。工事現場の現場事務所として使われているタイプのものよりは面積が大きそうだ。ただし平屋だ。


 プレハブ小屋の扉を開けて、クロハは中に入っていった。


「ただいま!」


「あ、部長、おかえりなさい……後ろの男の人は、誰?」


 プレハブ小屋の中は土間になっていた。そこに俵で作ったリングがある。土俵だ。ただし、土俵の中には誰もいない。


 土俵の脇で一人、四股踏みをしている人物がいた。黒縁眼鏡をかけている黒レオタードの上に白いまわしを巻いている彼女がクロハに対しておかえりなさいと言ったのだ。


 土俵があるということは、このプレハブの室内が旭川西魔法学園の相撲部の稽古場ということなのだろう。見渡してみても、他に誰もいない。壁際にはソファや小さめの冷蔵庫やロッカーなどが置いてある。神棚もある。他にも物は色々とあるが、部員らしき人は他には見あたらない。


 今、室内に居るのは、俺とクロハと、四股踏みをしていた黒縁眼鏡の女の子だけだ。


「説明は後。それよりも、魔法を使っちゃったから、休ませて!」


 それだけ言って、クロハは壁際に置いてあるソファにごろんと寝転がった。

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