今夜、10時にこの場所で。

七瀬千春

訪花章

わけあって、僕は今血だらけだ。

口の中が切れて、ほっぺたはジンジンと痛む。背中には冷たい砂の感触。

真冬の澄んだ空気の中、僕はちょっとだけ幸せだった。




高校3年の冬休みのことだった。



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1


なぜ僕が血だらけになったかと言うと話は

5月までさかのぼる。

いつだかのホームルームで進路希望調査書が配られた。

B5の紙に第1から第4までの希望を書く枠がある。その上に、

「火曜日までに提出してください。」

と、教科書の字で書いてあった。



2


その日の昼休み、僕達のグループはC組の教室に集まっていた。

話題はやっぱり進路のことだった。

「せりくんは、進路どうするの?」

と佐山が聞いてきた。

「んー、進学かな。行けるとこに行くよ」

「ふーん。ま、俺は夢を求めて上京するけどねっ!」

親指と人差し指を突き立てて、カッコつける佐山。

「佐山君、バンド続けるんだ!すごいね!」

と、浅倉さん。

本人が自覚しないで相手をおだてられるのもある意味才能かもしれないと僕は思った。

かく言う彼女は服飾の専門学校に行くみたいだった。


みんな自分の進路を決めていて僕はちょっとだけ焦りを感じていた。

進学とは言ったものの、実は何一つ決めていなかったからだ。

僕が小学校から密かに思いを寄せるまりちゃんも東京の短大に行くらしい。

ふと、僕は



じゃあ、僕も短大でいいんじゃないのか?



と思った。

そして、不純な動機とはわかっている

ものの思い切って言ってみることにした。

「僕も短大に行こうかな。」

ぽつりと、呟いてみると

まりちゃんは顔をしかめた。

そしてこう言った。

「せりくんて、なんでいつも私についてくるの?」

と。

予想外の言葉だった。

まさか、まりちゃんが好きだからだよ

なんて言えない僕が脳の細胞をフル稼働させて出てきた言葉は

「・・・え」

だった。我ながらすごく情けない。

そんなこともお構い無しに、まりちゃんは

続けた。


「自分で決めたんならいいよ。けど、違うでしょ?どうしてせりくんは、高校決めた時だって、文理選択の時だって私に合わせるの?

もう子供じゃないんだから、やめた方がいいよ。大学まで、私についてこないで。」


そう言い残すと、まりちゃんは浅倉さんの手を引いてC組を出ていった。

「フラれたな。」

と、佐山が言った。


"ついてこないで"


まりちゃんからの初めての拒絶だった。

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今夜、10時にこの場所で。 七瀬千春 @nanachiha

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