【猫目組物語 第二章】

朝から帝国民が、体育館で体操をしながら国歌を揃えて歌っている。軍歌みたい。まぁそうなんだけど。男の人の声が揃うとちょっと怖い。

朝から晩まで力仕事をしてくれるのには役立ってるけどね。まだ不埒な考えを捨ててない奴がいるかもしれないから気をつけなきゃ。

とりあえずの拠点となった廃墟の学校では、着々と準備が進められていた。

最初の方は厳しく国民を審査していたけど、人数が増えた今は彼らに任せている。なぜそんなに信仰してくれるか分からないのだけど、何か問題を起こすと私達以上に厳しい判決を下していた。逆に私達に対しては、すれ違うだけでも必ず頭を下げられたし、その方向を見ただけでも有り難がられた。

私たちでも怖いぐらいに広まっていった活動は彼女の言った通り、一つの村ぐらいのレベルにはなったと思う。

数ヶ月後に入った国民の手柄で、田舎の山の奥に場所を見つけたらしい。こんなところ、一般人じゃまず入り込めないような場所だ。大きな穴の奥は真っ暗で何も見えない。ここを掘り進めていって、国を広げましょうと言っていた。

ここを見た時に、不思議としっくりくるものがあった。私達の世界がやっと始まる。


最初はずっと穴を掘り進めていた。そのうちに壁を作る班や、畑を作る班もできた。女性は服を作ったり、ご飯を主に担当した。

必要な物は夜中にこっそり運び、入り口は厳重に守った。見ただけではそこに何があるか分からず、帝国民だけが知る通り道でないと山に入れないようになった。

凄い。わくわくする。夢の世界が現実になっていく。ちょっとだけ、感謝してあげる。国民達にも。


第一段階だけど、国が完成した。

太陽の光を浴びていない野菜も美味しくできるように研究してくれたし、衣類や住宅も充実している。

長いテーブルにみんなで腰をかけてスープを飲んだ時、思わず泣きそうになってしまった。みんなの満足そうな笑顔と、リーダーも涙ぐんでいたから。これが当たり前の毎日になるのだと思うと心が湧き上がった。

夜は大きなベッドに三人で寝転んで、プラネタリウムのような天井を見つめながら眠った。


生活が安定してくると、娯楽施設などの新たな建設を進め始めた。まだまだ土地はあるはずだ。まあ私はここで一生を終えるつもりで、それが終わった後はどうでもいいけど。これ以上人が増えたらと思うとちょっと怖くなる。一応夫婦の人もいるし。お墓は早い者勝ち? なんてね。



【猫目組 in movie】

長々とバスに揺られた彼女達は、どこか疲れ気味のようだった。降りた先はさすが田舎といったところか、空気が澄んでいる。もやっと霧がかかった辺りは肌寒く、大きめのコートを羽織っていた。山の前に立って辺りを見渡すも、木ばかりだった。

普通の人間なら危険だと判断して帰りそうな洞窟が現れた。もちろんここに至るまでの道のりも、本人達以外は進めないような仕掛けになっている。

彼女達の三倍以上はありそうな洞窟の入り口。中へ進むと、シャッターがかかっていた。急に現れたハイテクな機械。それにバーコードを読み取らせると、それがカラカラと開いた。

それに続き、まだ暗い土の中を歩く。ヘルメットを手渡された。重そうな扉の先は、まさしく工場のようだった。手すりに捕まり下を見ると、人が忙しなく動いている。大部分が畑で、ビニールハウスに包まれていた。

それから講堂のような建物。大きな時計が印象的だ。その後ろには集合住宅のようなものがあった。その先はここからじゃ見えない。

どうですかと得意げに振り返った彼女が、ぱっと手を広げてみせる。凄いでしょと素直な反応に、思わずほっこりとする。閉鎖的な空間は、もっと殺伐としている印象があったからだ。

エレベーターを使って下の階へ降りた。足元は固められているが、まだ土だ。数十本立っている大きな柱が、ここを支えているらしい。

畑仕事をしていた男が近寄ってきた。爽やかな笑みを浮かべ、汗を拭っている。

「いつもはそこまで手間って訳でもないんですけど、ちょうど収穫の時期で」

採れたてだという枝豆をカゴに乗せて出てきた。一つもらってみると、甘みが強くなかなかに美味しい。地下の作物も捨てたものではない。

次にテントのような形をした建物に入る。一つ一つ手作業で、女性達が布を縫っていた。

彼らが着ている服はここで作られているようだ。服装は全員同じ。真っ白で上下が繋がったワンピースのような緩い服装だが、これが楽らしい。

学校の側面だけ切り取ったようなここが、一番大きな建物。バルコニーに出ると、全体が見渡せた。王族にでもなったようだ。後ろを向くと体育館のような場所があった。ここには普段リーダーしか立てないらしい。ちゃんと撮っておいてと釘を刺されてしまった。

ここで一度休憩して、食事を頂くことにする。もっと質素なものだと思っていたから驚いた。おもてなし用だからと茶目っ気に笑ったが、このフレンチのフルコースのような食事が用意できるのか。一口食べてみると合点がいった。肉は本物ではなかった。畑で採れるものを工夫しているのだろう。そのうち牧場も作る予定らしいが。


「こんな感じですかね?」

カメラを外して彼女に問いかける。

「後で確認するからとりあえず撮っておいて。次はこっちね」

彼女に聞いたのに他の奴が答えた。少しイラっとしたが彼女が微笑を浮かべていたので、そんなものはどこかへ吹き飛んでしまった。

カメラを抱えなおして、再び歩き始める――



ワインが血のように赤いなど、誰が言い始めたのか。零れた先を追いかけると、どう見ても血の色ではない。赤紫……まぁこんなものはどうでもいいのだが。

光に当てて、手の中にある液体を見つめてしまった。ワインではなくただの葡萄を絞ったものだが。みんなは満足そうに乾杯の音頭をとっていた。

たらりと落ちた一雫が白いテーブルクロスに触れると、綺麗な紫になった。

血とはもっと濃くて、粘り気のようなものがあり……血の出る場所によっても違うか。今度いらない人物の体で実験してみようか。くだらない、か?

自問自答をし続ける。これで良かったのかという思いはいつもあった。何かが足りない、あるいは何かが足りすぎているのか?

この国の形が見え始めて、みんなで初めてとった食事は感動した。思えばあの時が一番満ち足りていた。今も楽しくない訳ではない。

普通の世界なら不満が出ていただろう自分達の優遇にも不満を垂らすものがいないのは、今までの絆のおかげだ。洗脳? ファンとは、支持者とは……誰かに全てを捧げた人間はその分強くなった。

初めは衣装と同じ色だから黒色の物を選んだらどうだと、軽い気持ちで言っただけだった。次の日から国民は黒色のものしか纏わなくなった。私が言ったから、私が不意に漏らしただけの言葉が、彼らの常識となった。

これ以上どうすればいいのか分からないが、彼らは空腹の魚のように、足元でぱくぱくと私の意見を待っている。ありがたい言葉がこんな小娘から出るなどと本当に思っているのか。

現実では厳しい顔をして働いていたあの男が、今は涎を垂らして私から出る塵を嬉々と吸っている。人々は疲れている。こんな幻想に染められるほど。

私は正しいのだろう。彼らを救えたから。国民でない者のことなど知らない。彼らがいなくなった世界など知る由もない。逃げ、か? ここを攻められたらどうする。私は彼らを守れるか? 彼らが私を守ってくれるか? 空っぽの私を……いや、彼らは分かっている。分かっているから私を崇める。私を何か意味のあるものにと。自分達の全てを捨ててついてきたものが、くだらないものだと思いたくないから、私を創る。幻想を創り上げる。少女が神になるまで。


よく夢に見る。崩壊を。文字通り壁や天井が壊れ始め、自分達を押しつぶす。それから目が覚めた人々が私を壊しにやってくる。全部が意味の無いものだと気づいて、こんなものに陶酔していた自分達を認めたくないと。

私は洗脳などしていない。それを勝手だと言ったところで、聞く耳を持つ者はいない。私はどうすれば永遠になれる。彼らが生き続けるためにはどうすればいい。

崩壊した世界に寝転んで、空に手を伸ばす。赤に染まった手は何も掴むことができない。

幻想国家だと、言ったじゃないか。いつか滅ぶと……一生続く幸せなど……そんな世界――辛いじゃないか。

じゃあこれが正解か。歴史が長くなればなるほど、問題は増える。結局繰り返される。

幾度となく証明されてきた人間の終わりを、限界を。私は……私は……。


それでもまだ夢見る、この仮初の世界に。


――滅びると分かっていても、やるしかないのだ。

リーダーはそう言った。大丈夫、私たちも手伝うからと、その言葉は聞こえただろうか。

寝る直前に呟いたから不安だ。

窓から見える空は本物だっけ、偽物だっけ。夢見すぎたのか、実際に作ったのか、どっちだっけ。私たちは国の頂点に立って、そこの国民達と永遠を過ごしている……んだっけ? あれ? あれあれあれあれ? あれあれあれあれあれあれ? あれあれあれあれ? あれあれあれあれあれあれ?

まぁいいやと二人の手を繋ぐ。このぬくもりだけは本物だから。二人がいれば世界なんてどうでもいいんだ。もし起きて、その世界に煩わしくなったらそのときは……。


また作ろう。私たちだけの幻想国家を。






《終》

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幻想国家 仮初歌劇団 膕館啻 @yoru_hiiragi

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