森妖精《エルフ》の街
3
不思議な街並みのなかを歩いていく。見たこともない植物たちが道のあちらこちらを埋め尽くす。それでいてどこか整然としているのはきっと、エルフの文明と、自然が「共存」しているからだろう。
──というようなことをぼんやりと考えていたアイリスだが、先ほどから気がかりなのは、煉斗のようすだった。まあ、理由は分かっているのだが……。自分もちょっと落ち着かない。
それは〝視線〟だった。いくつもある。
「こうも注目されると、いや照れるな」
「みんな怖がってるのよ。ここに人間が来たことは、一度だってないんだもの」
木の陰や建物の中から、こちらを覗き込む顔がいくつも見える。ここはエルフ族の街。そこに人間がいることはやはり、彼らにとって異常事態のようだった。
「話しかけてみるかな」
「おやめなさいよ……ほら、この先の場所に女王様がいらっしゃるわ。まずはご挨拶に向かうわよ」
そう言われて前を向くと、遠くに見えたのは。
「でっ……けえ!」
雲の上まで伸びて梢も見えない。巨大な樹だった。
樹の近くまで来ると、それは、もののスケール感というのが麻痺するほどの大きさだった。
「女王ティターニア様はこの《世界樹》に住んでいるの」
住んでいる、と言われても現実感がなかった。第一、出入り口らしきものは見当たらない。
「おいおい、まさかこれを登るってんじゃ……」
「あら、体力には自信がない?」
「いや、マジかよ……」
「いざとなったらわたしがおぶってあげましょうか?」
「そうか。じゃあ頼んだ」
「えっ」
「冗談だ」
「もう……」
そう言ってほんとうに幹に手をかけたふたりを見て、少女は吹き出した。
「冗談はこっちの台詞よ。本気でこれを登れだなんて、馬鹿なこと言うわけないでしょう」
「な──おま、お前なあ……」
「まあま、良かったじゃないですか」
「俺を背負うハメにならなくて?」
「もちろん」
その様子を見ていた少女は呆れ顔で言った。
「あんたら、ほんとに仲良いのね。
それで、女王様のもとに行く方法だけど……ちょっと付いてきてくれる」
歩き出した少女に従って、ぐるりと樹の裏手に回る。すると、そこにあったのは巨大な空洞、すなわち「うろ」だった。そして少女は、 煉斗がまさかと思った通りに、その中へと入ってゆく。
「秘密の地下室でもあるのか?」
少女はにやりと煉斗を見つめて、すぐに顔を背け「うろ」の暗がりに消えていった。
「おい、マジでか?」
彼女を追いかけてうろの中に入った煉斗とアイリス。途端──。
「うおお⁉︎」
「きゃあああっ‼︎」
内臓が浮き上がる感覚。立つべき地面を失った体が、急速に落下していく。
「くっ……アイリス!」
手探りで相棒の体を抱きとめる。だが、次の瞬間、自由落下は終わり、緩やかな斜面を滑り降りていく。
すると視界の真ん中に白い光の点が生まれ、次第に大きくなっていく。どうやらもうすぐ出口らしい。
「うおっ」
「きゃっ」
とても長く感じられた、実際には数秒かもしれなかった滑り台を抜け、ふたりは光の中へと投げ出された。
「いたた……」
そこは、冷たい空気に満ちた、広い空間だった。不思議な緑の光で満たされており、中央には祭壇らしき、一段高くなった場所がある。エルフの少女もそこにいた。
「無様な着地ね。もっとスマートにできないの? スマートに」
「無茶言うなよ。んで? ここはなんなんだ、お前らの巣か?」
「それはさっき見てきたでしょうが。ここから女王様のもとに行けるのよ」
「女王は地下に住んでるのか? こっちの常識じゃ、王ってのは高いところに行きたがるモンだがな。あとバカ」
「? よくわからないけれど、ティターニア様はこの樹のてっぺんにいらっしゃるわよ」
矛盾したようなことを言う少女に戸惑ったふたりだったが、
「こっちに来てみなさいよ」
《祭壇》のそばまで行くと、
「なんだ、これ?」
「綺麗ですね」
それは水の上に咲いた大きな花だった。群青に輝く湖に、ピンク色の花弁がその身を浮かべている。
「真ん中の花は全ての生き物をつかさどる神ヴォジャノをあらわしていると言われているわ」
「宗教ってことか」
「煉斗、どちらかというと神話に近い気もしますが」
「どっちでもいいけど、それだけじゃないのよ」
すると、少女はぴょんとジャンプして、花びらの上に飛び乗ってしまった。しかしそれは沈むことなく、彼女の体重を支え続けている。
「ほら、あんたたたちも」
煉斗は躊躇することなく飛び移り、愉快そうに笑った、
「へえ、おもしろいな。ほら、アイリス」
煉斗に手を取ってもらい、アイリスも続く。
それを見届けてから、耳長の少女は思いがけないことを口にした。
「もし失敗しても責任はとらないけどね。……じゃあ、行ってみますか! 」
「おい待て、失敗ってどういう──」
その時、
「ひゃあっ!」
先ほどまで開いていた花びらが急に持ち上がり、煉斗たちをすっぽりと包み込んでしまった! はたからみるとそれは、あつい抱擁のようでもあった。
ゴゴゴ、ゴゴゴ……。
花弁がふたたび開いたとき、そこに三人の姿はなかった。
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