頼みがある
2
「おいおい、マジかよ……」
乾いた笑いが口をついて出る。
「あー、もし? お庭遊びならぜひとも、よそで……」
「ゴオオオオオォォ‼︎」
「──だよな! くそったれ!」
暗灰色の肌に毛むくじゃらの身体をもつ巨人は、近くにあった木をやすやすと一本引き抜いた。その棍棒を振り上げ、強烈な一撃を煉斗たちに叩きつけてくる。それに比べれば、煉斗の剣はあまりにも細身だ。まち針でナイフは止められない。
──だが、煉斗は状況を悲観してはいなかった。自分にできないことなら──相棒がなんとかしてくれる。
「【ハイン・イネアー】」
その言葉と同時、獄炎もかくやという炎の塊が、襲いくる棍棒と激突した。アイリスのはなった魔法はみるまに木製の武器を燃やしつくし、こんどはボガート本体を火だるまにする。
「ガアアアアア‼︎」
苦悶の声をあげめちゃくちゃに暴れまわるボガート。偶然で踏み潰されてもかなわないので、煉斗はアイリスのもとへ下がる。
「いい仕事だ」
「適材適所というやつですよ」
まもなく、ボガートは地面に倒れて、永久に沈黙した。
(なんなの、こいつら……)
エルフの少女は、一連の出来事を信じられない気持ちで見ていた。ボガートといえば、原初の時代から生きる恐ろしいけものだ。それを、このような、年端もいかない幼女が倒してしまうとは!
(あの炎……ヒューマンが操るという
ということは、いけすかない男だけでなくこの、幼い女の子も一流の戦士なのだ。人間のことを〝野蛮人〟とばかにしていたエルフの少女にとって、彼らが、なんだか、得体の知れない、おそろしいものに思えてきてならなかった。
「あの」
「なっ、なによ!」
「頼みがあるんだ」
先ほどは「なにもしない」と言っておいて、やっぱり目的があるんじゃないか。
(利用されるくらいなら死んでやるわ!)
……と啖呵を切ってやりたいところだが、彼らの力をもってすれば、相手を〝死なせない〟ことすら可能なのかもしれない。少女の《魔法》が自分に襲いかかり、指の一本も動かせないまでに拘束されるさまを想像すると寒気がするようだった。
「……なにが望みなの」
少女が半ばあきらめたように訊ねると、返ってきたのはいささか意外な答えだった。
「そうだな、さしあたっては……宿を貸してくれないか」
「宿?」
「無理なら、帰り道が分かればそれでいいんだが」
「道って、人間の巣への? それをあたしが知ってるなんて、本気で思ってるの」
「だよな……」
「はて、このままじゃわたしたち、迷子ですねえ……困りました」
「野宿でもするかな」
そんな困り果てたようすの二人をみて、ライラは少し、胸が痛むのを感じた。
「エルフ族ってのはね」
「「?」」
「高潔な生き物で、なおかつ律儀なのよ。受けた恩は忘れない。……たとえそれが、どんなに蔑んでいる相手だとしてもね」
それを聞いてアイリスは喜色を浮かべ、煉斗のほうはにやりと不敵な笑みを浮かべた。顔の動かし方がうまくないだけで、これが彼の純粋な笑顔なのかもとライラは一瞬思ったが、
「その言葉を待ってたぜ」
返ってきたのは表情どおりの憎たらしい台詞だった。
「あんたねえ、素直にありがとうって言えないの?」
「それをおまえが言うのか?」
「──っ、ばか! とっとと付いてきなさいよ!」
すたすた歩き去っていくライラを見て、煉斗とアイリスは互いに目を見合わせ、それぞれのやり方で笑った。
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