(5)まさかの兄弟対面


「アグリッナ様への攻撃を、どうにかすることはできないの!?」


 気がついてしまった事実に、ディーナは急いでイルディを振り返った。


 今日イルディの顔を正面から見つめたのは、これが初めてかもしれない。けれど、相手はいつもと同じように冷静に溜息をついている。


「アグリッナ様が王を拒まれるのは、自分自身が宮廷中から否定されるせいなのだとしたら……。周りの貴族の噂さえなんとかできれば、アグリッナ様も陛下を見直されるのじゃないかしら」


(私から見ていても、アグリッナ様が陛下を嫌っているようにはとても見えない! そりゃあ、今は優しい言葉を紡いでくれるほかの男性に心が揺らいでいるみたいだけれど)


 しかしできるなら、あれだけ熱心にアグリッナ様だけに焦がれておられる陛下のためになんとかしたい。


 けれど、イルディは腕組みをしたまま僅かに首を傾げた。


「さあ――かなり、難しい案件でしょうね。私も陛下が熱愛されている相手ということで、昔からアグリッナ様のことはよく存じておりますが」


「でも……!」


「昔から、貴族達に言われた言葉に、よく物陰で声を殺して泣いておられました。人前では、泣き顔を見せたくないのでしょうね。陰で必死に耐えておられる肩が可哀想で、なんとかならないかとよく悩みましたが――」


(えっ)


 思わず、言われた言葉に心臓が冷えた。


「そんな……昔から、アグリッナ様のことを見ていたの?」


(変だわ、私。何を訊いているの?)


「そりゃあ、陛下が熱愛されている方ですし」


「ああ、そうね……」


 イルディはいつも通り返事をしているのに、心に押し当てられた冷たい感触は消えない。


(どうして)


 ただ、誰にも興味がなさそうなイルディが、アグリッナのことは昔から気にかけていたというだけなのに。


「それに、同じ年頃の妹がいますからね。外見的にも、年齢的にも。だからどうしても放っておけない気がして、よく見ていました」


(また妹)


「弟妹想いなのね」


 自分でも予想しなかった言葉が飛びだして、思わず口を抑えた。


(嫌だわ、私。何を言っているのかしら)


 まるで嫌味みたい。


 けれど、イルディは飄々としたまま、指を一本指し示す。


「弟ならそこにも一人いますよ。会ってみますか?」


「えっ!?」


 さすがにあまりにも急な話で、指された方向に首がぐりんと回ってしまう。


「ガルディ」


 イルディが呼びかけると、園遊会の給仕に働いていた何人かの中で、一番小柄な人影が足を止めた。


 そして、くるっと振り返る。


(うわーっ!)


 完全にイルディを小型化した姿だ。髪の色こそ、黒髪と栗色の差があるが、振り返った姿は、間違いなく十年ほど前のイルディはこんな感じだったろうと思わせる。


 年の頃は十歳ぐらいだろうか。貴族にしては質素な服装で、大きな眼鏡をかけたひどく理知的な面差しだ。


「なに、兄さん?」


 少し小柄な姿が歩いてくると、兄にそっくりな顔で目を眇めている。


(うわっ、うわーっ! なに、このミニチュア版!)


 少し陰険な目つきまでもそっくりだ。あまりの瓜二つぶりに、ディーナにすれば声を出さないように口をおさえるので精一杯だ。


「何とはこちらの台詞だ。お前、今日学校はどうした?」


「王室省で現場実習を兼ねてのバイトということで許可をもらった。そろそろほしい物があるし」


「お前ね。この間みたいに法務官尋問書とかをこっそり入手するのはやめなさい。載っている自白方法や拷問に、幼いクルディが泣いていたじゃないか」


「いいじゃないか。学問と将来の利用を兼ねているんだから。それに今のうちに、王室省と親しくなって職員の弱みを掴んでおきたいし」


 しかし兄弟の会話に、興奮していた気持ちは、急速に冷や汗に変わっていく。


(なに、この兄弟。まさか中味もそっくりなの?)


 ミニチュア版ならいいが、さりげなくグレートアップしているような気さえしてくる。


 けれど、弟の返事にイルディは小さく苦笑をもらした。


「そうか、だけどそれなら、お前のことだ。今日の情報もだいぶ収集しているんだろう。この後、ドレスレッド侯爵が何を余興でやるつもりか知らないか?」


「ドレスレッド侯爵? ああ、閣下ね」


 答える声は、敬称をつけろと兄に一応の注意を込めながらも、嘲っているようだ。


「さあね。王室省に出された書類には、巷で人気の占い師を呼んで余興を行うと書いてあったけれど」


「具体的な詳細については?」


「当たると大評判! 予言的中率十割の占い師にみんなで悩みを相談しようとか、胡散臭さ満点の申請だったけれど。通すほうも通すほうだよ。まあ、内容次第で、将来確実にゆすれるから楽しみに見ているけれど」


「そうか。とりあえず本音は今は隠しておくように」


 弟の物騒な発言にイルディは苦笑をこぼすと、また銀の盆を持って会場の給仕に戻っていく背中を見送っている。


「あいつは、うちの兄弟の中でも一番賢くて、宮殿内の王立学校に通っているんですが、少々性格に問題がありましてね。人を自分の使える駒としか考えないんですよ」


「ちょっと待って。鏡って見たことがあるかしら?」


 思わずつっこんでしまうが、イルディは弟の背を見て苦笑を浮かべたままだ。


「おまけに法務省だった父の知識を幼い頃から身につけているので、たちが悪い。法律を守るものじゃなく、利用して敵を攻撃するものと常に考えていますからね」


「ねえ。どこまでも兄弟よねというこの納得を、どこにぶつければいいのかしら」


(どうしようもなく血の繋がりを感じてしまう)


「まあ、でもお蔭で、向こうが考えていることはわかりました」


「そうね」


(占い師)


 だとしたら、何か陛下とアグリッナの結婚を悪く占うつもりなのだろう。


「どうすれば、いいかしら」


(これ以上、アグリッナ様を傷つけさせたくはないけれど……)


 ふと、瞳でさっき王の元へと歩いていったアグリッナの姿を探してしまう。


 すると、たくさんの人ごみの向こうで、王が華やかな二フネリアと可憐な装いのダーネに囲まれている姿が目に入った。


 どうやら、アグリッナが王の側にいることを断ったらしい。


「アグリッナ様は、まだ足が痛いと仰られてますわ」


「園遊会で王にパートナーがおられないなんて! どうか、私を代役に御指名ください!」


 ダーネが楚々と笑い、ニフネリアが迫力のある体で擦り寄るように王に近づいている。


「あいつら、また……!」


 急いでディーナが王の側へ向かおうとした時だった。


 二人の令嬢の間をさ迷っていた王の視線が、突然アグリッナの方へ向いたと思うと、そのまま首を回して会場を見回す。


 そして、ディーナの前で止まった。


「ディーナ」


(え?)


 差し出された王の手に、ディーナの動きが止まる。持ち上げられた手の向こうに輝くのは、陽光を受けた黄金色の髪だ。


「来い」


 差し出された手が、太陽の光に眩しく輝きながら、ディーナを求めている。王の手が力強く自分を招くのに、一瞬ディーナの息が止まった。

  


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