第27話 作戦会議
誰かが遠くで言っている。
『まったく物を口にしねえらしい。死ぬかな?』
『化け物姫なら死なねえんじゃね。こうしてみると、か弱い感じもするが、あんまり近くに寄ると呪われそうだぜ。ほら、昔もあっただろ。可愛がっていた飼い犬まで死なせたって話だ』
『そんなこともあったな。いやあ、恐ろしい。スベリティアの皇帝一族直系の血がまだ生きているんだからな……。将来、ガー皇国をも恨むかも』
『そこは父である陛下の血が押さえつけていると信じたい。あー、早くどっか行ってくれねえかなあ』
『実際に、そういう話も出ているらしいぞ。殺すのは忍びないから僻地に閉じ込めて、飼い殺しにするんだと』
ははっ、と二人の男のうちの一人が嗤った。
『危険な猛獣と扱いが変わらねえな。どんな猛獣使いだってお手上げだ。人間の形をした化け物を調教するのは難しそうだ』
『そりゃそうだ。陛下でさえアグスティナという化け物を御しきれず、逃がしてしまった。陛下はあの女狐に骨抜きにされていたものな』
『ならば娘にも甘いな』
『先日も、宝玉騎士を付けてやったぐらいだからな。陛下はあくまであの皇女を皇族として扱いたいらしい。宝玉騎士は、基本的に成人した皇族に付けるのが習慣だと聞く。従属国の王子たちが選ばれるのは、宗主国としての威厳を対外的にも示せるからだと』
『だったら今回の宝玉騎士は貧乏くじに違いない。それも気づかずにのんきに喜んでいたところに主人の幽閉か』
『あぁ、可哀そうな騎士サマだ。今、何しているのかな? アハハ』
『おい。笑うなよ。もしかしたら聞いているかもしれねえ』
『おっと。俺も呪われるかな?』
呪われるわ。
『えっ……?』
『今、お前が言ったんだよな?』
『いやいやいや。おまえだろ? 裏声まで使ってさあ』
『冗談でそんなことしないぞ』
『皇女は……そんなわけないな。話せないし。今もそこで寝ているみたいだ』
『うわあ。鳥肌が立ったぜ……。もういいから別の場所へ行こうぜ。悪寒がしてきた』
『わかったわかった。行こう』
石床を踏む二人分の足音が遠くへ消えていく。
そして誰もいなくなった。
少女の胃がきゅっと縮こまっていく。ここでは言葉を発せない。あの人がいないから。
孤独には慣れていたはずだったのに、一人がこんなにさみしくなるとは思わなかった。だってここ最近はずっと近くに人がいて、話を聞いてくれたから。手が温かかった。無骨で傷だらけ、タコだらけの手だったけれど。
お腹がずっと空いていた。けれど耐えよう。
出される食事には毒が入っているからもしれないから食べられない。あの人が作った料理でなければ食べない。
大丈夫。自分は大丈夫だ。
――母様。そうだと言って。
真夜中の皇宮の一室。燭台の明かりを囲むように、男五人が集まった。
「今いるのがたった五人……。ごにん。五人、ですか……」
「落ち込むな」
明らかに背中が丸まって落胆するグスタフ。クローヴィスがその背を軽く叩いた。
「シャトウ官吏。気持ちはわかりますよ。たった五人で何ができるんだって気分ですよね。俺も同じこと思ってますもん。女風に言えば『ヤダ~! もうムリムリムリ~』って感じ?」
「う……シュールすぎて吐き気が」
え~、結構様になっているつもりなんだケド? とカシムは首を傾げて笑った。確信犯だ。
「グスタフ・シャトウ官吏、はじめまして。僕はトマスと言います。よろしくお願いします!」
「トマス君。よろしくお願いします」
「あと、あそこにいるのがヤコブ。とっても強い人です!」
そのヤコブは椅子に座って目を瞑っている。明らかに寝ている様子だ。実質四人だとグスタフは察した。
軽く自己紹介を済ませたところで、カシムが「あらためて、作戦会議をしましょう」と口火を切った。
「我々の目的は皇女殿下を助けること。騎士殿、これはゆるぎませんね?」
「うん」
クローヴィスが素直に頷いてみせる。するとグスタフが手を挙げた。
「整理してもよいでしょうか。『助ける』というのは厳密にはどうしたいですか? 以前と同じようにあの東塔にいる状態にするのが『助ける』ということでしょうか?」
「ちがう。それだけでは足りない。この皇宮をリュドミラが生きやすい場所にしてやりたい。東塔は俺が来る前は侍女が一人通ってきただけだったんだ。あきらかにおかしいだろ、そんなのは」
「たしかに。皇国の皇女ではまずありえない待遇ですね。わたくし自身もいつのまにか、それが当然の扱いだと勘違いしていたかもしれません」
「東塔では毒が盛られていたんだ」
ヤコブ以外の者が目を見張る。本当に毒が盛られていたんですか、とカシムが尋ねた。
「まさかそこまで切羽詰まったものとは思いませんでした……」
「状況はかなり厳しいですね。今、皇女殿下は幽閉されているはずです。もしもザーリー卿側の人間が毒を盛ろうとしていたら、一人にしておくのは危険です。せめて我々側の人間を傍につけておかないと……」
グスタフが押し殺した声音で呟けば、クローヴィスが「いや」と首を振る。
「リュドミラは今、何も口にしていない可能性がある。自分の身を守るために」
「まずいですね。思った以上に我々には時間がないらしい。皇女殿下が捕らえられて丸一日。もう一刻も無駄にはできません」
クローヴィスが黙って立ち上がると、グスタフが「まだこらえてくださいよ。助けたい気持ちはわかりますが」と諫める。
「我々がそれぞれ持つ能力を突き合わせ、作戦を練ることです。安心してください。わたくしは昔から合法的なズルを思いつくことには長けています。この夜を有効に活用しましょう。作戦開始を朝に合わせます。次の日没までには皇女殿下を解放しましょう」
「やれるのか?」
「みなさんの協力をいただければ、おそらくは」
どうでしょう、とグスタフが一同の顔を見渡す。クローヴィス、カシム、トマスはそれぞれに肯定の意を込めて首を縦にした。
「俺はグスタフを信じる」
「……ありがとうございます」
グスタフが宝玉騎士の言葉に驚いたような顔でぼそぼそとお礼を述べた。
「ところでヤコブは?」
「あとで言っておけばいいですよ」
カシムが軽く請け負った。
作戦開始は、日の出とともにやってくる。
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