第1章ー24 エピローグ:魔法の続き


 後日談をしようと思う。魔法の世界に出会って、そして〝さよなら〟をした後の話だ。


 あの後、拍子抜けなことにわたしへの事情聴取はなかった。どうやら、大佐が口添えをし、わたしはあの日あの場所へはいなかったことになっているらしい。


 代わりに、軍の知らない同期が表彰されていた。どうやら、厄介ごとを遠ざける代わりとしてわたしの功績もなかったことになっているらしい。

 わたしが堂々と表彰されることが不味いとか、裏で功績の取り合いがあったとか、そう言った汚い噂をちらほら聞いたけれど、別に功績に興味があるわけでもなかったからわたしにはどうでもいいことだった。


 あと、やっぱり大佐にはこってりと絞られた。銃の無断持ち出しや、連絡義務の放棄に関しての小言。それから事件にいたはずのわたしを抹消させるための根回しが大変だったという愚痴。それらすべての原因がわたしにある以上、黙って聞くしかなかった。


 それでも、やっぱり大佐はあの事件についてわたしに追及してくることはなかった。


 思えば不思議な話だ。命令をすれば、表面上わたしは話さざるを得ない。もしかしたら上への弱みを手に入れられたかもしれないというのに……。今になって、あの日ハルに大佐について聞きそびれたことを思い出して後悔した。


 そしてなぜか、わたしはそれなりの額の報奨金をもらうことになった。

 どうやら、この事件を暴いたきっかけをつかんだのがわたしなのだと大佐が口添えをしてくれたらしい。個人的な夕食会に招かれ、あの日見つけた息子さんのルシアンに、夢で見た (そういうことになっている)妖精の話を延々と聞かされた。それから、長男と見合いでもしないかという、かなり返答に困る申し出まで。


 あれは大佐なりの報酬だったのだろうか。否、絶対にあれは仕返しだ。俺の苦労を少しは味わえ――そう言いたかったに決まっている。

 挙げようとすれば他にもあるけれど、それはわたし個人に起こった変化だ。ときどき光がチラついたり、前よりも声がはっきり聞こえたり、隠れている妖精たちが見えるようになったり……。


 幸いだったのは、魔除けのアクセサリーで効きそうなものが見分けられるようになったことだろうか。軍人を辞めたら、その線で食べていくこともできそうだ。


 何はともあれ、後日談はこれがすべてだ。

 ドラゴンに会ったり、魔法使いたちとドンパチしたり、そんなことはあれっきり起こらなかった。いたって平凡で、それでも前よりも少しだけ色づいたように見える日常が過ぎていった。



 そして、一か月が経った。  



 いま、わたしはなぜか列車に乗り込んでいる。行先はウォータールー・メインライン駅、つまりはロンドンだ。

 なぜか、といった理由は、これが出張ではなく護衛の任務だから。それも軍服ではなく私服で。〝可能な限り武器の所持を許可する〟というウォーレン大佐直々の許可書付きで。


 にもかかわらず、肝心の護衛対象は不明。大佐に訊いた時も、「会えばわかる」の一点張りで取り付く島もなかった。その待ち合わせ場所が、この列車内なのだ。


 ホームでもなく、駅の入り口でもなく、列車内。しかも〝二等客車〟というあまりにおおざっぱな括り。顔も名前も分からないのに、いったいどうやって探せばいいのだろうか。


 すると、


 ――くぁ~~……眠い。

 ――少し寝ていてください。着いたら起こしますから。


 どこからか、懐かしい話し声が聞こえた。

 その方向へ歩いていけば、見えたのは黒髪の少年と紅葉の髪をした幼い少女。


 ああ、なるほど。

 そうか、そういうことか。

 訳のわからない護衛の任務だと思っていたけれど、そういうことだったのか。


 大佐は全部知っていたんだ。というよりも、グルだったんだ。どんな密談をしたのか知らないけれど、わたしを嵌めるためだけに、こんな意味不明の命令書を突き付けたんだ。


 ――また、会えるわよね? ――

 ――……ああ。きっと近いうちに――


 あの時の何か企んでいたような顔は、そういうことだったのか。


 向こうは全部わかってて、何も知らなかったのはわたしだけだったんだ。何も知らない人がまじめに話していれば、確かにあんな顔をしたくもなる。わたしの顔はさぞ面白かったんだろう。


「……あっ」と、思わず声を出したわたしに気が付いた少年が、意地悪い顔で笑う。


 まったく、してやられた。

 結構まじめに今生の別れだと感傷に浸ったのに、間抜けをさらしただけだった。


 でも、わたしもわたしだ。

 こんなに意地の悪いイタズラにはめられたのに、



「本日より護衛を務めます。リーナ・オルブライト少尉です。――――またよろしくね。



 また会えて、胸の高鳴りが治まらないのだから。

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