第1章ー16 It is dark at the foot of a lighthouse

 子供たちは、すぐに見つかった。


 魔術の贄ように使われる生き物たち――彼らがいる場所に、子供たちの入った檻もあった。人数も、性別も、年齢も、背格好も、ボードに書いてあった情報と一致する。この子たちだ。ここ以外には何もなかったのだから、もう他に子供たちはいないのだろう。だけど、どの子たちもやせていて顔色が悪い。多分、何日も食べ物をもらっていないんだ。


 ハルが教えてくれたことだが、贄に使うときはできるだけ弱らせてから使うらしい。容姿なんかは魔術に全く関係ないし、必要なら食べさせればいいだけだからだ。つまりこの子たちも、さっきのユニコーンと同じ贄用なのだ。このままいけば、子供たちの末路は決まっている。早く助けなければ ・・・・・・。


「ちょっとどいて」


 ハルが檻に近づく。手には手帳のような紙の束を持っている。その中から一枚選び、ビリリと破り取る。そして檻の扉の前に立ち、錠の部分にそれを張り付ける。


 すると、


「!」


 張り付けた紙が燃え上がった。

 油でもかけているように、ものすごい勢いで火が上がる。しかしそれもほんの数秒で、ひと呼吸後には跡形もなかったかのように火は消えていた。檻にも焦げ付いたような跡はない。


 あったのは、赤く発光する複雑怪奇な模様だった。

 いつの間にか、ハルの手には手帳の代わりに三十センチくらいの短い棒――それが杖らしい――が握られていた。それを模様の場所に近づけて、こつんと叩く。


 一回、二回。


 瞬間、


 パキン!


 鋭い音を立てて、錠の部分が破砕した。バラバラと部品が床に散らばり、ギギギと錆びた音で鳴きながら扉が開いた。


「それじゃ、見張りよろしく」


「えっ? い、いまのは?」


「劣化させる効果を組んだ魔法陣。魔法でも一応できるんだけど、ここはマナが薄いから」


 魔法は、決して摩訶不思議な技術なんかじゃない――あの薬屋で、ガードナー氏に言われた言葉だ。

 魔法とは、言ってみれば『事象を組み合わせたり再現したりする』ことらしい。例えば火を出す魔法は、「高温、効果範囲設定」というふたつの事象を合わせたものだ。それと同じで、物を浮かす魔法も、雷を起こす魔法も、わたしたちが知っている事象と、マナというものがあることで起こる現象を組み合わせている。


 ここで大切なのが、それをするにもエネルギーがいるということだ。魔法は自然法則を一時的に捻じ曲げたような状態を引き起こすので、要求されるエネルギーもケタ違いらしい。蒸気機関を動かすには石炭が必要なように、魔法を使うにもエネルギーがいる。それを担っているのが、〝マナ〟と呼ばれるものだ。


 マナは魔法行使における燃料だ。この世界ではガソリンに近い存在らしく、水蒸気のように気化して空気中に存在したり、液状化して果実の中にため込まれていたりする。魔法を使う時にそれがあるほど使いやすく、キラキラ光って見えるのだとか。多分、わたしの部屋が光っていたのはマナが豊富にあったことが理由なのだろう。そしてここはマナの濃度が薄い。使えないわけではないけれど、細かい制御がしにくいらしい。


 ぺちぺちと、ハルが子供たちの頬を叩く音が後ろから聞こえる。続いて、「んん・・・・・・」と女の子がうめいたのが解った。


「その子たちはどう?」


「軽い栄養失調だろうけど、死にはしないよ。いま眠ってるのもたぶん薬のせいだし。だけど・・・・・・」


 言葉を切って、振り向くようにハルが促してきた。

 振り返る。すると、ハルは一人の女の子の首を指さしていた。

 肩までかかる髪、まくられて露わになった首にはめられていたのは――、


 金属の枷だった。

 重たそうな枷がはめられていた。


 見た目度外視で、拘束性だけを重視した金属の枷。見た目殺しじゃない証拠に、子供たちの首には青あざが付いていた。そしてそれは、残りの子供たち全員にもはめられている。首から鎖が伸びていて、先は鉄格子に固定されている。よく見ると、服で隠されている部分から叩かれたような跡が覗かせていた。


「―――――ッッツ!」


 例えようのない怒りが湧き上がってくる。この子たちが大切に扱われなかったことは明白だ。魔術師にとってこの子たちはただの実験材料……直接そう言われているようだった。沸々と、胃の中で何かが沸騰しているような錯覚にとらわれる。お腹の奥が熱い。今すぐ外に吐き出したい。


 これは誰に向かった怒りなのだろう。こんな仕打ちをした人間にだろうか。それとも、ここまで何もできなかったわたし自身にだろうか。

 気が付くと、両こぶしを固く握り締めていた。


「わたしが扉をつないでくるから、その子たちの枷を外してくれる?」


「あ、ちょっと待った」


「――――っ?」


 すぐにこの場所を離れようと脳が反射的に命令を下す。どこかハルのいない場所でこの気持ちを落ち着かせたかったから。離れたかったのは、きっとハルに呆れられたくはなかったから。


 だけど、わたしが離れるよりも先にハルがわたしの手首を掴んで引き留める。


「この枷・・・・・・普通じゃない。魔法具だ」


「魔法具?」


「ほら、ここ」


 服の端に唾を付けて、ハルが首にはまっている枷の一部を擦る。泥と錆びが部分的に取れて、その下から幾何学模様が姿を現した。

 注視すると、それは枷全体に刻まれていた。単なる偶然で付いた模様とは違うことは明白だった。まるで、その模様までが枷の一部とでも言わんばかりだ。


 ハルが女の子の頬についた泥もついでにこすり取る。そして、子供たちにはめられた首の枷をなぞる。


「簡単に言うと、魔法陣が彫ってある道具のこと。こいつと一緒。この枷も魔法陣が彫ってあるから、下手にいじれない」


 ハルが見せたのは、さっき使った魔法陣の描かれた紙だ。転写紙というらしく、なにか形のあるものになら転写紙に描かれた魔法陣を転写できるらしい。それと同じということは、この枷も何か魔法的な力を持っているのだろうか。


「もしかして・・・・・・、爆発したりだとか?」


「似たようなのはあるよ。あとは、首輪が絞まったり、とげが生えてきたり」


 もともと、この首輪はハルの世界の罪人に使うらしい。

 わたしたちとは違い、ハルの世界では魔法を使える者がいる。大抵は杖や他の道具を補助具にして使うみたいだけれど、道具がなくても魔法を使えるという人は一定数いるとのこと。彼らに通常の枷は意味がない。その時に効果的なのがこの枷なのだとか。


 この魔法具は、魔法使いが魔法を行使しようとしたとき、魔法行使のために活性化させたマナを動力にして動く。つまり、魔法を使えなくするのではなく使うと装着者が傷つくようにできているのだ。だからこそ、外部からの不正解錠もしにくいという。下手にいじれば助けたいはずの装着者が死んでしまうからだ。


 でも、それだと・・・・・・。


「じゃあ、この子たちは・・・・・・」


「いや、時間さえあればなんとかできるよ。使ってる魔法陣の構造が判れば解除できるから。いまここでするのは危ないってだけで」


「そう。ならよかった」


 ハルの返答に、ほっと息をなでおろす。少し冷静になれたことで。止まっていた思考が動き出した。やるべきこと、ありうる可能性、それらを頭の中で羅列し優先度を振っていく。


「だとしたら・・・・・・繋がってる元の方を壊すしかなさそうね」


「だな」


 意見が一致する。

 この枷は鎖にまでは魔法陣が刻まれていない。だから、鎖の根元ごと切れば一応この場所からはこの子たちを逃がすことができる。


「わたしは何をすればいいの?」


「とりあえずこいつを鎖の根元に貼って。俺は魔法が干渉しないように細工するから」


「了解」


 ハルから転写紙をもらい、子供たちにつながっている鎖の根元に巻き付けていく。巻き付けて青い部分を破り取ると、転写紙は紫の煙を上げて鎖に焦げ付く。燃えカスが床に落ちると、鎖には鈍い赤色を湛える魔法陣がしっかりと刻まれていた。


 緊張するのは最初だけだった。一回成功した後は無心にこの作業をこなしていく。いや、無心というのは言い過ぎかもしれない。ずっと、ずっと、目の前の子供たちのことを考えていた。


 同情の気持ちがあったんだろうか。それとも、昔の自分に重ねてしまったからだろうか。きっとどっちもだろう――男の子の髪を手で梳きながらそんなことを考える。


 弱いものは搾取されるしかない。奪い奪われるか、そんなギリギリのことを考えるしかない。毎日が生きるか死ぬかだ。最悪の未来はいつも川岸に寝転がっていた。ああなってはお終いなんだと言い聞かせ、今日を生きていた。

 失敗した時の未来を想像しておびえ、警官に取り押さえられる大人たちを横目に見ながら。そして今は、過去に侵した罪の手枷をはめて……。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・、

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 手枷・・・・・・? 


「・・・・・・ねえ、おかしいと思わない?」


「ん、なにが?」


 唐突に、違和感の正体に気が付いた。


「枷よ。この子たちがつけてる」


 そう言いながら、わたしはハルが処理をしている枷を指さす。

 気が付いてしまったら、見過ごせなかった。何か大切なことを見落としている――そんな気がしてならない。でもわたしには分からないから、ハルに答えを求めている。


 だって、


「だってそうでしょ? さっきのあの子ですら普通の枷だったのよ。なのにどうして、この子たちにはそんな特別な枷を付けられたの?」


 ピタリと、時が止まった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ハルの手は止まっている。何かを考えるように、口が動く。

 その事実が、わたしの考えたことが杞憂なんかじゃないということを何よりも証明していた。


 気が付いてみれば簡単な話なのだ。そもそもの話、この子たちにユニコーン以上の価値があるのかと問われればノーのはずだ。なのに、魔法使いでもないこの子たちには高価なはずの特殊な枷を使って、ユニコーンには状態の悪いただの枷。


 まるで、わたしたちみたいな人間が来ることを想定していたような・・・・・・。


「――まさかっ」


「ヤバい・・・・・・っ!」


 思い立ったのと、ハルが声を上げたのは同時だった。


「伏せろ!」


「――ぅくっ!?」


 半ば突き飛ばされるように、顔から地面に押さえつけられる。思わずつむった瞼を閃光が駆け抜け、抑えられた背中の向こうからヒュ――――ゥゥウッ! という高い音が鼓膜をつんざいた。


 ビリリと頬が痺れる。「うっ!」という堪えたようなうめき声が聞こえる。

 誰かに攻撃を受けた――瞬時にそう判断できた。その瞬間、わたしの中でスイッチが入る。普段のわたしではなく、陸軍の軍服をまとった時のわたし。


 人を殺すことを覚悟した、銃を構えるわたし。


「・・・・・・ッ。――――・・・・・・。」


 ――落ち着け。落ち着け。


 すぅっと、心が落ち着いて行くのが分かる。ぐるぐると混乱していた思考回路が一気に束になっていく。表情筋が硬くなる。いつもの癖だ。人を狙う時、決まってわたしの氷上筋は硬くなる。


 うつぶせのまま、首だけを回してハルの方へと顔を向ける。背中の向こうでは、ハルが尻もちをつきながら杖を横に振り抜いていた。 


「はぁっ! はぁっ! はぁっ! 間に合ったッ」


 息遣いは荒い。ジャケットの先が少しだけ焦げていた。

 杖の先を見る。


 ――・・・・・・蛇?


 振り抜いた杖の先、檻の一部で絡む付くように光が瞬く。それはまるで、発光する蛇のようだった。

 稲妻のように鋭く、角ばった細長い胴体。バリリッというスパークしたような音が鼓膜を突く。檻の支柱に巻き付き、こっちを恨めしそうに見ている・・・・・・そんな気がした。


 だけどそれはほんの一瞬。瞬きをしたときには、その蛇はもう消えていた。


「ありがと」


「どういたしまして」


 呼吸を整え、腰のホルスターからウェブリー・リボルバーMk.IVを取り出し撃鉄を持ち上げる。


 カチリという小さな接続音。シリンダが回る。撃鉄が起きた状態で固定される。たったそれだけで、手に持った鋼鉄の塊は人を殺す凶器に変貌した。六連発シリンダ内のチャンバーには、もうすでにカートリッジがセットされている。つまり、もういつでも撃てるということだ。ハルの手を退け、片膝をついて銃を構える。


「今のは魔法よね?」


「ああっ。しかも拘束魔法だ。後ろから援護頼む」


「・・・・・・・・・・・・」


「リーナ?」


 返事をしないわたしを不審に思い、ハルが斜め後ろにいるわたしの方を振り返る。わたしに目を合わせるその前に、チラリと子供たちを一瞥して。ハルに逃げる気が無いのは明確だ。どのみち、攻撃してきた魔術師をどうにかしなければわたしたちも無事じゃすまないからだろう。


 だけど、わたしが考えていたのは真逆のことだ。


「ハル、落ち着いて聞いて」


「?」


 けげんそうな顔を浮かべる。

 ハルに嫌われることを覚悟して、わたしは口を開いた。


「逃げましょう」


「はぁ・・・・・・ッ!?」


 裏切られた、そう言いたげにハルが声を漏らす。だけど、わたしの意志は変わらない。


「何で――ッ」


「冷静になってっ」


 暗闇の向こうに銃を構え、懐中電灯を足で固定する。


 カツン、カツン、カツン・・・・・・。


 少し離れた場所から、足音が聞こえる。


 カツン、コツッ、コツッ、カカッ・・・・・・・・・。


 重なるようにしていくつもの足音。魔術師は複数みたいだ。重い足音が二つと、それ以外が二つ。全部で四人……いや、少なくとも四人か。

 時間がない。ハルの言葉を強引に遮って説得する。


「この子たちは商品でしょ? だったらそう簡単に処分されるとは思えない。少なくとも、バイヤーの手に渡るまでは命は保証されるはずよ。それより、問題はわたしたちよ。捕まっても無事なんて保証はないでしょ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・でもっ」


 噛みつかんばかりの眼がわたしを刺す。だけどわたしも意地だ。瞬きせずにハルの眼を見つめ返す。

 別に、この子たちの命がどうでもいいというわけじゃない。むしろ何とかして助けてあげたいと思っている。単に今がふさわしいとは思えないだけだ。


 この子たちの命は、ほとんど確実にオークション終了までは保証される。でもわたしたちはそうじゃない。むしろ逆、この中の秘密を知ってしまった厄介者だ。わたしが向こう側の人間だったらどうするかなんて決まっている。この場から立ち去られる前に、子供たちを人質にして捕え、そして処分する。


 人質の取引なんて口八丁だ。どうにだってできる。でもわたしたちが捕まったら、この子たちは確実に助からない。


「見捨てるなんて言ってないわ。今じゃないって言っているだけ。この子たちを助けるチャンスなら後でもあるでしょ? いま捕まったらその可能性が全部フイになる……っ!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」


 いま、足音は聞こえない。

 侵入者を警戒しているんだろうか。それとも待ち伏せしているのだろうか。どのみち、この状態が長く続くとは考えられない。断言できる。ここでタイムロスをしたら、後々取り返しのできない事態になる。


 いっそのこと、ハルを気絶させてでも運ぶという算段を頭の中で組み立てながら、噛みつくようにハルの瞳を覗き込む。


「納得して、ハル。時間がない」


 視線がぶつかる。

 歯ぎしする音がはっきり聞こえる。


 一秒、二秒、三秒・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・解った」


 顔を伏せ、消え入るような声でハルが頷いた。


「ありがと、頭が冷えた」


「どういたしまして。このコートってまだ使える?」


「問題ないよ。あと一時間は機能するはず」


 お互いに頷き、〝惑わしコート〟の魔法陣を起動させる。フードを被ると、お互いの姿がぼやけて蜃気楼みたいに歪んでいく。ほんの数秒で、お互いの姿がまた見えなくなる。


(・・・・・・行こう)


(ええ。じゃあ、あのランプの下で)


「了解」という声と共に、耳元に感じていた気配が離れる。それと入れ替わるように足音がまた聞こえ出す。わたしも慌てて腰を浮かし、檻の中から立ち去る。


 その前に。


(ごめんね)


 目の前の女の子と、残りの子供たちに小さな声でそう声をかける。聞こえなくてもいい。ただ単なる私の決意だ。


(必ず助けてあげるから)


 その気持ちは、きっとわたしだけじゃない。

 檻の入り口をくぐるとき、

 視界の隅に映った子の髪に、さっきまでなかった髪留めが付いていたのが見えた。



          ◇◆


 檻から出たわたしたちとすれ違うように、四人の男が檻の前にやってきた。大柄な男が二人、そして中肉中背の男が二人。全員が銃を手に持ち、檻のまわりを探っている。


 コルトM1903と、ブローニングM1900辺りだろうか。どちらも引き金を引けば弾が出る自動拳銃だ。弾の交換も、リボルバーと比べ弾倉を入れ換えるだけで済む。わたしのウェブリーーでは少し分が悪い。できれば撃ち合いは避けたいところだ。

 そう思いながら観察をしていると、わたしの横に人の気配が現れる。バサリというフードを取る音。じっと横を見つめると、ハルの姿が唐突に現れた。


(監視サンキュー。どう?)


(まだこっちには気が付いてないわ。そっちは?)


(入り口にも何人かいる。それより、あの魔法を使ったやつがいない)


(わかるの?)


(使ったら杖を持ってるはずだからな。杖がないと魔法は使えないし)


 魔術師は、基本的に自力で魔法を使うことができない。なぜなら、魔法を使うための回路が身体の中に備わっていないからだ。

 魔法は決して、摩訶不思議な力じゃない。蒸気機関のように複雑な仕組みがあって初めて、マナが魔法に変わる。その役割を果たすのがマナの流れる回路。それすなわち、魔法使いの血管や筋肉の繊維、骨だ。ハルを含めた魔法使いたちは、身体そのものが天然の魔法陣になっているのだ。しかしこちらの世界で生きる魔術師たちにはその回路はない。


 故に、補助としての杖が必要不可欠なのだ。魔術師たちに与えられている杖は、ハルの世界でも使われている決められた魔法のみを出すことができるものだ。魔法が使えない人用に作られたもので、イメージは拳銃に近い。ハルの持っている杖とは違い、金属製だという。

 向こう側の喧騒に紛れて、ハルが手短に話してくれる。


(差為すのは手間ね・・・・・・影響は?)


(ないよ。あの程度の魔法なら、こっちで蹴散らせる。魔法使いなめんな)


 ニカッと、ハルは獰猛な笑みを浮かべる。

 だとしたら・・・・・・と、頭の中で作戦を練る。


 向こうはもう、わたしたちが侵入したことに気付いている。ただの侵入者じゃなくて魔術師が侵入したと考えているととらえた方がよさそうだ。この場所で子供たちとユニコーンをさらうのも不可能だ。


 だとしたら取る行動は二つ。


(どうしよっか。隠れる? 正面突破?)


 小声でハルに問いかける。相手から見えないというアドバンテージはあるけれど、向こうにも銃があるのだから無理できるかは疑問だ。何よりも、ここから先はわたしよりも魔法が使えるハルの方がふさわしいはず。


 少し目を伏せて考え、ハルの口が開く。


(とりあえず隠れる方向で。向こうに扉があったから、いったんつないでやり過ごして――)


 刹那、


「忍び込んだネズミ諸君!」


 暗室の中心で、誰かが大声で話し始めた。


「どこにいるのかは知らないが、少しばかり忠告をしておく」


 チラリと、棚越しに姿を見る。

 他の四人とは別の男だった。黒のジャケットとスーツに身を包んだ、他の男たちよりも数段身分が高そうな男。ここの管理者だろうか。ひげを蓄え、剣を間のする笑みを湛えている。


 何より、その右手にはハルが言っていた黒く塗られた金属製の杖。


「我々もネズミに悩まされていてね、ちょうどいま、ネズミ駆除をしようと思っていたところだ。きっかり十分後、この部屋に煙を送る。どんなネズミでも死ぬ特注品だ」


(嘘つけよ。いたら呪いで死んでるっつーの)


 隣でハルがぼやく。


「ここには窓もない。ダクトはもう止めた。一日、二日、三日、どれだけ息を止められるのか、我慢比べと洒落込もうじゃないか!」


 演説が終わると同時に、辺りが騒がしくなる。新たに職員たちが部屋になだれ込み、箱のような何かをセットし始めた。全員が顔を覆うガスマスクのようなものをしている。ということは、あれがわたしたちをおびき出す罠ということか。


 と、その時。


(リーナって、何秒くらい息止められる?)


 唐突に、ハルがそんな言葉をかけてくる。


(三十秒は確実に。多分、一分も問題ないはず)


(上等)


 ニタリと、ハルが笑った。それにわたしも頷く。

 言葉なんか介さなくても、何をしようとしているかなんて明白だったから。


(訂正。正面突破で)


(ええ)


 その言葉で、握っていたウェブリーを構え直す。トリガーに指をかける。

 撃鉄はもう起こした。あとはたった数キログラム、指に力を入れるだけ。


(合図で出口に向かってまっすぐ走れ。何かあったらすぐ息を止めて。俺は魔術師を叩く)


(了解。だったら、他の奴らはわたしに任せて)


(そんじゃ、よろしく)


 必要最小限の言葉でお互いの役割を確認する。それから先は、お互いに言葉を発しなかった。ただ見つめ合って、一度頷くだけ。ハルは魔法のプロ。わたしは本職の戦闘員。お互いの命を賭けるのに、それ以上の信頼はいらない。


 頭の中に暗室の地図を描く。その上に今いる敵の場所をプロットし、逃走経路をいくつか割り出す。望ましいのは、できるだけ遮蔽物が多くてかつジグザグに走れるところ。


 イーストエンドでの泥色の経験が役に立ったのだろうか、瞬時に四本の線が浮かぶ。一番広いメイン通路、ひとつ逸れた棚を行くルート、ぐるりと大きく迂回して逃げるルート、棚の上伝いに逃げるルート。


 だけど今回は、魔術師以外の敵を排除することもわたしの任務だ。だとしたら、メイン通路を使う経路が一番ふさわしい――頭の中でそう結論付けた後、ふぅっ、と短く息を吐く。


(息吸って)


 ピリリと緊張の糸が引かれる。切れんばかりに張りきった糸がぎしぎしと軋みを上げる。


(GO!)


 その合図で、振り返らずに走り出す。足音に気が付いたのが二人。こちらに銃を向けて発砲する。


 ダンッ! ダンッ! という耳慣れした高くて乾いた音が耳に入る。少し遅れて何かが割れる音、固く響く金属音が同時に聞こえる。思った通り、わたしの姿が見えていないから当たらない。過信は禁物だけれど、これなら少しくらい大胆に動いても大丈夫そうだ。


「・・・・・・んっ!」


 走りながら、転がっていた石 (のようなもの)を拾い上げてそのまま投擲。わたしが居る場所から四時の方向に飛んだ石が、だいぶ離れた場所の商品に当たって砕けた音が響く。それに巻き込まれたみたいにまたいくつかの品が落ちて床を転がる。


 一瞬の空白――コンマ数秒後、


「あっちだ! 撃て!」


 響く怒鳴り声。

 さっきよりも増えた発砲音が轟きさらに品物が砕け散った。


 ――よしっ!


 心の中でガッツポーズ。気持ち良いくらいに場所を誤認してくれた。しかもほとんど全員がそっち方向に身体を向けている。

 何も、でたらめな方向に投げたわけじゃない。メイン通路に出た時、全員がちょうどわたしから見て背中を向けるように計算した上だ。そしてそれは自惚れするほどうまくいった。


 木箱を間に挟み、ウェブリー・リボルバーMk.IVの照準を合わせる。下から上へ、相手の身体上にインクを引くように。狙うは一番近くにいる二人。狙いは腹。


「・・・・・・ふぅッ」


 一呼吸。息を止める。


 引き金を引く。


 撃鉄が落ちる。ロックを解かれ弾けた撃鉄がファイアリング・ピンを叩く。


 一度。少し間を開けてもう一度。


 ダァンッ! ダァンッ!


 銃口から二発の弾丸が飛び出した。それを裏付ける、向こう側の拳銃よりも重く圧のある発砲音。撃ち出された弾丸は.455ウェブリー弾。中折れ式リボルバーの中でもトップクラスの威力を持つレッド・ラウンド・ノーズ弾だ。それぞれの相手に一発ずつ。腹部を狙って引き絞った。


 ひとりの右腹部、もうひとりの左臀部に当たった。11.56×19.3mmのレッド・ラウンド・ノーズ弾が肉を引き裂き突き抜ける。鉛オンリーの柔らかい弾が肉の一部をはじき飛ばし、銃弾が突き抜けた穴から血しぶきがシャンパンのように吹き出すのが見えた。


「ああああああああ!」


「くぅぅぉぉああああああッ!」


 苦痛がたっぷり染み込んだ絶叫がビリビリと響く。それぞれが右わき腹と尻を押さえて倒れ込む。うずくまったり、転がったりしながらのたうち回る。


 いつだったか、人は銃で撃たれてもしばらくは動くことができると書かれた推理小説を読んだことがある。だから確実に動きを止めるために何発も犯人は撃ったのだと。確かに撃たれても動くことはある。だけどそれは戦場での話だ。こんな場所じゃない。


 撃たれて動くことができる状況とは、すなわち極度の興奮状態でアドレナリンが過剰生成されるときだ。そうなるのは銃弾が飛び交う戦場や、いつ自分の命が無くなってもおかしくないという場合のみだ。例を挙げるなら、火事やがけ崩れに巻き込まれたとき。


 そして、いまこの状態はどの条件にも当てはまらない。すなわち、あの二人がこれ以上脅威になることはない。


 ――残りふたり。


 特筆するような高揚感はない。自分自身でも気味が悪いほど、わたしの意識はもうすでに次の目標に向かっていた。同時に、少しだけ安心していた。いつもの通りだ。射撃訓練で的を狙う時と心が何ら変わらない。この状況でのその事実は、わたしの中で大きな支えとなる。


 残った二人は、大柄な男だ。元から仲間意識があまりないのだろうか。倒れ込んだ二人に近寄る素振りはない。わたしとしては不本意というか、そのまましゃがんでくれたら楽だったのに・・・・・・と心の中で悪態をつく。


 とその時、


 ――ッドォンッツ!


 拳銃よりもはるかに重い炸裂音が鼓膜を突き抜けた。拳銃弾なんかと比較にならないくらい大量の火薬が燃焼した音。そして、爆音に混ざって少し遅れて届いた、ピシィッという木材の断末魔、金属棚に何かが高速で当たった高い衝突音と反響音、壺や加工品が砕ける音。

 わたしのいる位置から十数歩先――そこに積まれていた木箱が見事にハチの巣になっていた。


「出てこいクソ野郎! 撃ち殺してやる!」


 炸裂音の持ち主は、男が持っている散弾銃だ。手に持っているのは水平二連式散弾銃。あれは……ホーランド&ホーランドのものだろうか。あんな高級品を買うお金があるんだー、と場違いに感心する。もう一人はどこかに消えた。多分、わたしが現れたところを陰から狙うという手筈なのだろう。


「さっさと出てこい! 今なら半殺しで逃がしてやる」


 信じる奴なんかいない台詞を大声で吐く。さっきのハルじゃないけれど、嘘つけと言いたくなる気持ちがよく解った。


「最終通告だ。彼の言う通り出てきたまえよ」


 大男の後ろで、杖を持った魔術師が気持ち悪い笑みを浮かべてそう言った。相変わらず応援を呼ぶことも倒れた二人を助けることもしない。敵でも可哀想になる。


 刹那。


 ドンッツ!


 発砲音ではない衝撃が響く。同時に耳に届いた商品たちが崩れる音。視界の右から煙が上がる。金属棚がドミノ倒しのように倒れてきていた。突然のことに全員の時が止まる。本当に面白いほど動きが停止した。わたし以外は。


 ――いま!


 物陰から飛び出し、大男に向かって一気に距離を詰める。どんな耳をしているのか、男はわたしの足音に気が付き散弾銃をこちらに向ける。しかしその瞬間に困惑する。なぜなら、薄暗い通路にはわたしの姿がどこにも見えないから。


 その直後に何が起こったのかを、彼は一生かかっても理解できないだろう。


 構えた散弾銃に、いきなり左方向への衝撃が走る。予想していない方向の力に対応できず、銃口が大きく左にそれる。とっさにかかった指の力で、最後の散弾が発砲、明後日の方向に弾が飛んでいく。


 そしてほとんど同時に知覚した、身体を突き抜ける二回の衝撃。肺が止まる感覚、少し遅れて広がる、身体中を焼き尽くすほどの熱さ。


 最後に感じた、下アゴを鈍器で殴られる感覚。


 たとえはっきり覚えていても、どうしてそうなったかは一生分からないだろう。


「ひゅぅー、やりぃ」


 口笛が吹かれる。男の身体を投げ捨てると、魔術師の上に乗っかったハルがいた。


「お疲れ様。そっちはどう?」


「楽勝楽勝・・・・・・この後が怖いけど」


「あー・・・・・・あはは」


 げんなりした表情を浮かべる相棒の事後処理を想像して同情する。というよりも、わたしが巻き込んだようなものなのだから罪悪感すらある。ハルにその話題はなしと言われたから口には出さないけれど、思うくらいは自由なはずだ。


「あの様子だと、もうひとりはあの下敷きね」


「まぁね。ほい、戦利品」


 ぽいっと、ハルが布袋を投げてよこす。手に取ると、ジャラっという聞き覚えのある金属音。わたしの財布からいつもなる音だ。

 開けてみる。中には大小さまざまな硬貨。見覚えのあるスターリングシルバー。五十ペンス、二十ペンス、一ポンド……全部で二・五ポンドといったところだろうか。


「いらないわよ。こんな汚いお金」


「同感」


「押し付けたわね?」


「ははは」


 じゃれ合いのようなやり取り。少しだけ緊張の糸が緩まった会話が、凪いでいた心に心地いいさざ波を生む。

 倒れた男たちを見てハルがポツリと呟く。


「・・・・・・死んだのかな」


「殺してないわよ。こいつらの命なんか背負いたくないもの。ただ、こんな仕事はもうできないでしょうけどね」


 ハルにも見せられないし――という言葉は飲み込む。どうもハルは年下扱いされることがあまり好きじゃないらしい。きっとこの言葉を聞いていい気持ちにはならないから。

 だけど、あからさまにほっとした表情のハルを見ると、この行動をとって正解だったんだと心底思った。


「さーてとっ、仕上げやりますか」


 ぺチリと両頬を叩いたハルがそう言って、懐からあの小瓶を出す。超強力忘却剤〝プモロポムア〟だ。栓を開けてころころと転がし、わたしたちから離れたところに緑色の液体を撒く。


 離れたところにまかれた液体から、緑色の煙が立ち始めた。


「・・・・・・あの子たちは、この時間じゃ連れていけないよな」


「応援がそこまで来てるって考えるなら無理ね。これだけ大騒ぎしたんだもの。来ないって考えるのは楽天的過ぎる」


「だよな」


 少し悲しそうな声でそう頷き、ハルがわたしの方へと向き直る。


「急ごう。さっさと逃げないと」


「ええ」


 瞬間、


「「――――ッツ!?」」


 ゾクリと身体中に鳥肌が立つ。


 ざらついた下でむき出しの背中をなめられたような違和感。チクチクと神経が痛むような幻覚。だけどそれが勘違いなんかじゃないということがすぐに分かった。なぜなら、ほとんど同時にハルも勢いよく後ろを振り向いたから。


 目に映ったのは、炎の龍だ。

 東洋の絵に出てくる蛇のような龍。全身が炎でできたそれが、わたしたちに向かって噛みつかんばかりに大きく口を開けていた。


「跳べ!!」


 ハルが叫ぶ。その声が聞こえると、わたしの身体は反射的に右へと跳躍していた。

 ゴゥッツ! という暴力的な燃焼音がすぐ近くを通り抜ける。伏せた背中が焼けんばかりの熱を受けて、今度は本当にチリチリという焦げ付いた音を立てた。時間にして立った一秒か二秒。だけどわたしにはその一瞬が一時間にも二時間にも感じた。


 炎の龍が通り過ぎた後、肺を焼くほどの熱波が襲う。その数秒後に入ってきた空気は凍てつくほど冷たく感じた。


 ――魔法? ・・・・・・入り口から!


 全てが終わってようやく、思考がそこまで到達する。何とか起き上がってウェブリーを構える。足が震えている。照準がぶれる。六連発シリンダーのチャンバー内にある弾はあと二発。かなり心もとない。


 いいや。震えているのはそんな理由じゃない。きっと命の限界ぎりぎりを今さっき経験したからだ。自分には敵わないという事実を明確に突きつけられてしまったからだ。わたしの視線は、気が付けば誰よりも頼りになる魔法の師匠を探していた。


 ハルは、わたしと道を挟んで反対側にいた。杖を構えていつでも魔法を使えるような恰好をしている。だけど、


 その顔は、瞳は、明らかに動揺していた。


 まるでこの世の者じゃない誰かを見たような、もしくはここにいるはずのない人を見たような、信頼してきた人に裏切られたような……そんな表情だ。

 魔術師と対峙しても動揺していなかったハルが、一体何を見て……。


「・・・・・・――――!」


 炎の吹き込んできた方向――わたしたちが入ってきた入り口を見た瞬間、思考が再び停止した。目の前にその人がいるという事実を、脳は認めることを拒否していた。だけど、理性の部分が納得してしまう。それが現実なのだということを否応なしに理解してしまう。


 ああ、そうだったのかと。


「ガードナーさん……どうして」


 ハルの口から絞り出された、極限までかすれた言葉。

 その言葉が、わたしが抱いた疑問のついての充分すぎる答えだった。


 入り口に並ぶ五人のスタッフたち。彼らより一歩前に立つ大柄な男性。白髪の混ざった茶髪に、服の上からでも解るほどの筋肉質な身体。

 理解できないなんてことはなかった。理解したくないというだけで、むしろ理解できないことの方が難しかった。だって、彼がそうだというのなら、全ての謎に理由ができてしまうから。


 全てが繋がった。


 子供たちの失踪事件、密猟者たちが結界の破り方を知っていたこと、子供たちに付けられていた特注製の魔法具、角が折られたユニコーン。

 全てが繋がった。そうだ、つまりそういうことだったのだ。分からないのは、どうしてこんなことをしたのかという動機だけ。だけどそれも、いまこの場所ではどうでもいいことだった。


 ガードナーこそが、この一連の事件を起こした張本人だったのだ。


「ユニコーンであきらめてくれれば、わたしとしても見逃すつもりでいたんだが・・・・・・仕方ない」


 短く吐かれたため息。

 その後、少しだけ顔を歪ませて、彼は白銀に輝く杖を取り出した。

 どこかで見たことのある色、形。少し長いその杖は、まるで何かから直接切りだしたものをそのまま使っているみたいで……。


「・・・・・・おい。ちょっと待て。その杖」


 杖を目にした瞬間、ハルの言葉遣いが変わった。その声、表情で、あれが何なのかを悟ってしまった。なぜこの場所にユニコーンがいて、その角が折られていたのかに気が付いてしまった。


 ガードナーの手で薄ぼんやりと輝くのは、ユニコーンの杖。

 あの子の角をへし折ったのも、全て彼の為だったということだ。


「答えろよ。ユニコーンの角は採取禁止のはずだろ」


 ガードナーは答えなかった。

 ただ笑っただけ。それが何よりの答えだった。


「お前ぇぇぇええっ!!」


 ハルが激昂する。


 杖が振り抜かれる。振り抜かれた筆筋の線に沿って生まれたのは、少し離れたわたしからですらよく見えるくらいに圧縮された空気の刃だった。

 周りの空気を巻き込み、取り込み、圧縮し、向こう側の景色を歪ませている。刃先がかすった地面がまるで地割れを起こしたように大きく抉り取られる。石を、木くずを、鉄くずを小野根の中に取り入れて、破壊力を増した風の刃がガードナーたちの方へと飛翔する。


 彼らに触れる、その直前で。

 ガードナーが、ユニコーンの杖を横一文字に振り抜く。


 すると、


 見えない障壁にぶつかったように、風の刃が止まる。そして命を吸われたように、刃は勢いを失くし消え去る。中で回っていた鉄くずたちが、力を失って地面に転がる。


「落ち着きなさい。君なら分かっているはずだ。ユニコーンの杖が条約で作成禁止となっている理由を」


 ハルが歯を食いしばる音が聞こえた。まるで親の仇を見たような形相でハルはガードナーをにらみつける。

 同時に、ハルの身体が後ろに仰け反った。「ああああッ!」と苦しそうな悲鳴を上げて地面に倒れ伏す。身体には、さっき見た黄色い蛇が巻き付いていた。棚の陰からもうひとり男が現れる。男が持っている杖は、ハルが奪取したものと同じ形。つまり、あいつもということだ。


 ハルが倒れたのを確認し、ガードナーの後ろに控えていたスタッフたちが走り出す。手に持っているのは金属の枷。あの子供たちが付けていたものを同じだ。


「ハル!」


 とっさに叫ぶ。ウェブリーの照準を合わせず地面に向かって発砲する。ウェブリー・リボルバーの重たい発砲音。ハルとスタッフたちの間でちょうど跳弾し、スタッフたちの動きが止まる。


 残りは一発。わたし自身が無力化されないうちに、どさくさに紛れて今度は魔術師に照準を」合わせ引き金を引く――――直前。


「リーナくん。君も、武器を下ろしたまえ」


 厳かに、ガードナーの言葉が響いた。


「今のわたしなら君たちを残して子供たちだけを焼き殺すこともできる。嘘だと思うのは勝手だが、その結果まで予想できないわけではないだろう?」


「・・・・・・ッ!」


 その一言で、何もできなくなる。だってわたしは、彼の人となりを少なからず知っているから。冗談でそんなことを言う人にはどうしても思えない。だから、引けなかった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 シリンダー・サムピースを押して、ウェブリーのフレームを開く。銃身が二つに折れると、その反動ですべての弾が外に排莢される。チャンバー内はすべて空だ。そうなったことを周りに見せた後、地面に置いて足で蹴飛ばす。そして両手を上げる。降参のポーズだ。


 わたしが両手を上げたのを見て、ハルの首に枷がはめられる。暴れるハルを三人がかりで押さえつけ、ひとりが背中を殴って黙らせた。ゲホゲホとハルがむせる。カチリという冷たい音がして、枷が首に固定された。


「彼女にも枷をはめて牢へ。絶対に出すな。それから、殺すな」


 命令を聞き、男たちが近づいてくる。上げていた両手を握られ一気に後ろへと回される。膝の後ろを蹴られ、バランスを崩して膝をつく。そのまま頭を押さえつけられる。


 冷たく、ざらついた金属の感触。耳元で、カチリとロックのかかる音がした。


「ガードナぁぁああ! お前、ぶっ殺す!!」


「君たちには来てほしくはなかった」


 連行される直前の言葉が、やけに耳に残った。


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