第1章ー14 17:11『ラビットハウス潜入作戦』

 闇オークションという悪しき習慣がこの国にもある。正確には、当時は合法だったが違法化してしまったものが潰れずに残っているという方が近いのだけれど。


 オークションとは、簡単に言うと値段を決めていない商品を公開し、一番高い値段で買うといった人にその商品を売るという商取引方法だ。シングルオークション、ダッチオークションの二つが主で、その中にもいろいろな方法があるけれど、ひとまずいま説明した方式が主流となっている。


 どれだけ法外な値段であっても、別にそれ自体は違法でもなんでもない。高い値段を出す人に商品を売るのは商売の世界では至極当然のことだからだ。それ自体には何の違法性もない。


 でも、それが盗品や非合法なものになると話は変わる。


〝闇〟オークションは、表のオークションで捌くことのできない盗品や麻薬、挙句の果てには人間なんかを売買するオークションだ。商売相手は、変わり者の貴族や犯罪組織。当然それらを売買することは犯罪なのだから、闇オークションは違法となる。〝闇〟と頭に付いているのはそういう理由だ。


 しかも厄介なことに、この手のオークション会場は偽装工作が上手く、なかなかしっぽを掴ませてはくれないことがほとんどだ。闇オークションがあることで恩恵を得ている一般人もいるため、警察の捜査はなかなか進まない。むしろ、警察内部にも甘い汁をすすっているものがいると聞く。

 ラビットハウスもまた、この闇オークションの中のひとつだ。


          (1)


 ――8月11日 ロンドン・イーストエンド ――


 ラビットハウスは、近年になって急速に勢力を伸ばしているオークション会場らしい。


 イーストエンドのどこかに存在し、構成員の大半がハルたち魔法使いに協力的な魔術協会から放逐された魔術師で占められている。魔法使いたちからもブラックリストに入れられている組織なのだとか。このオークション会場も、例にもれず完璧に近いほど建物が偽装されている。


 オークション会場は地下であるが、その周辺には入り口は一つもない。どの入り口も会場から遠く離れた場所に作られていて、その入り口から長い地下通路を通って会場へと向かう仕組みだ。しかもその通路すべてに監視が付いていて、気づかれずに通り抜けることなど不可能。強行突破しようにも、長い地下通路を通る間にどこかで捕まってしまう。


 普通らなば。


「一番大物の荷物が搬入されるのがココ。この入り口が一番遠い場所にあるけど、その分大きく作ってあるんだ。ちょうど工場の中にあるし、見つからずに紛れるならここだ」


「荷馬車に扉を繋いで隠れるって手筈ね。でも、そう都合よくいくものなの?」


「侵入に関しては問題ないよ。鍵が使えないなら、ちょっと手荒な真似になるけど」


「まさか……アレ?」


「そう。あれ」


 思い浮かべたのはわたしがハルに初めて会った時に見せられたあの忘却剤『プモロポムア』だ。ニタリと、いかにも悪いことを企んでいる笑みでハルが頷く。


 ラビットハウスの入り口に近い住宅のとある一室 (約一週間分の生活費を払ってハルが貸しきった)。半分腐ったテーブルの上に広げられた地図には、一本の細長い道が描かれている。これは、入り口からオークション会場までつながっている地下道の大まかな見取り図だ。そのところどころには赤く目印がつけられている。実は、その場所全てに見張りや何らかの細工が施されている。


 しかも、通路の大きさは大人の身長の倍くらいの半円形。決して小さくはないが、わたしたち二人が紛れ込めるような荷馬車が通るには少し足りない。仮に荷馬車に忍び込めたとしても、中身を確認されてしまえばおしまいだ。


 だけど、そこは魔法の力の見せ所だ。普通ならできないことも、魔法の力を使えばなんとかできる。ハルの蟻塚を荷馬車のどこかにつなげば、わたしたちは隠れて中に入ることができる。もちろんそこに行くまでに見つかってしまえば終わりだけど、一度隠れてしまえば絶対に見つからない。だって、その馬車の中にわたしたちはのだから。


「だとすると、問題はどうやって動き回るか、よね」


「それも大丈夫。一応手があるから」


 唐突に、そう言ってハルは立ち上がる。

 部屋にあるクローゼットへと向かい、首にかけていた鍵を刺す。鍵を回して向こうの部屋につなぎ、クローゼットを開けた。向こう側の部屋の光が差し込む。「見張りよろしくー」と言い残し、向こうの部屋に入って扉を閉めた。

 待つこと数分。


「ただいまー、っと」


 肘でクローゼットの扉を押しのけ、ハルがこっちへと帰ってきた。何をしに行ったのかと思えば、両手に何か服がかかったハンガーをひとつずつ持っている。それに加えて、皮のショルダーバッグを首からカンガルーのように下げていた。

 バッグを机に置き、ベッドの上に服をハンガーごと投げ置く。


「それなに?」


「秘密兵器。ほいっ、ちょっと持ってて」


 ハンガーふたつを手渡される。むわっと、タンスの奥の臭いがした。


 ハルの持ってきたものは、レインコートだ。


 日光で少しだけ劣化したようなオレンジの色。足首辺りまで隠れる超ロングタイプで、前は紐止めになっている少し古いタイプだ。生地は……皮だろうか。触った感じはそんな印象だ。でも、皮じゃ雨は防げない。だとすると、特殊な加工をしたゴムだろうか。


 口に何かを咥えながら、「ありがと」と言いハルがわたしからレインコート (擬き)をふたつ受け取る。そして、バサッとカビだらけのベッドに投げた。


「中古品だから上手く動けばいいんだけど……」


 そうぼやきながら、口にくわえていた試験管の栓を開ける。入っているのは透明な液体だ。開けた途端、吸い込んだ鼻の奥で冷涼感が広がる。ペパーミントのような香りだ。


 それをレインコートの上に振りかける。

 すると、表面に刻まれていた幾何学的な模様が、ヒカリゴケのように淡い光を放ち始める。まるで模様そのものが生きているように拍動している。


「……これが、秘密兵器?」


「そそ、通称〝惑わしコート〟。こんな感じで特殊な魔法陣が編まれてるから、着ると周りから見えなくなる」


「へぇ……もうなんでもありね。魔法って」


 今の気持ちを表すなら……半分感嘆、半分呆れだ。

 どんな表情をしていたんだろうか。わたしの顔を見て、ハルが苦笑していた。


「なんでもってわけじゃないよ。燃費は悪いし、音だって筒抜けだし、匂いだって隠せないし。それにこいつ、俺あんまり好きじゃないんだよな」


「どうして?」


 ひとつを手に取り、バサッと広げる。


「柄が……すっげぇダサい」


 見えないなら関係ないのでは? そう言うべきなのか本気で迷った。


        (2)


 一体どうやって地下にこんな空間を作れたのだろうか――真っ先に思った感想はそれだった。


 地上にある倉庫なら二、三個すっぽりと収まってしまうような空間が地下に広がっていた。円柱を半分に切ったような形の地下倉庫に、天井に届くほどの商品棚が所狭しと並べられている。


 従業員と思わしき人たちが走り回って、商品棚から商品をカートに乗せ換えて運んでいる。そして商品を積み終わると、すっかり重くなったカートを押してわたしたちのすぐ近くを通り過ぎた。手を伸ばせばカートに触れる距離だ。だがそれでも、従業員が気づいた様子はなかった。


 ――本当にばれないのね。


 そう言おうとして、言葉を飲み込む。なぜなら聞こえてしまうからだ。

 ハルが渡してくれたこのコートは、着た人の姿を周りから見えなくすることができる(正確には、見えてはいるけどそうだと認識できないらしいが)。だけどそれも万能ではなく、ただ単に姿が見えなくなるというだけでそれ以外の情報は筒抜けなのだ。この状態で喋ってしまえば間違いなく声は聞こえてしまうし、触っても解ってしまう。着ている自分としては全く変わったところがない分、ふとした拍子に喋ってしまいそうだ。


 紙を見ながら、声を立てないよう溜息を吐く。

 いまここに、ハルはいない。それは、一緒に回るにはこの地下倉庫は広すぎるからだ。


 ハルからもらった紙に描いてあるのは、ここの見取り図だ。この地下倉庫は真ん中に大きな道が通っていて、そこで左右に分かれている。ハルが担当するのは真ん中から切って右側の区画、生き物たちがいるところだ。


 そしてわたしが対応するのは左側、出口がある側だ。

 多分、逃げやすいようにというハルの配慮だろう。『何かあれば逃げること』と、見取り図の下にも書かれている。そこまで心配してくれるなら一緒に行動するものかと思ったが、わたしが何かやらかすとは別に考えてないのだろう。全く、どうしてそこまでわたしを信用できるのか。いや、信用してくれることは嬉しいのだけれど。


 ――それにしても……気持ち悪い。


 真面目に探せば探すほど、そう感じずにはいられなかった。


 ありていに言えば、この倉庫はガラクタ市だ。棚に並んでいるものといえば、真ん中で折れたペン、絵の具がこびりついて取れなくなっているパレット、ボロボロの揺り椅子、割れた電球……そういったさほど値打ちが無いとしか思えないガラクタばかり。


 もし本当にこれがただのガラクタだったら、このオークション会場は何もしなくても勝手につぶれていただろう。そうならないのは、このガラクタたちがただのがらくたなんかじゃないからだ。


 ――触るなよ? 全部呪いがかかってるから――


 入る前にハルから言われたことが頭をよぎる。


 そもそも、裏オークションというものには明確なテリトリーがあるらしい。しかしそれも当たり前のことで、もし次々に新しいオークション会場ができることを許していたら、自分たちに入ってきたかもしれない商品がどんどん他に流れて行ってしまうからだ。


 それでもこのオークション会場が存続しているのは、このオークション会場自体が呪い専門の商品を扱っているからだ。


 ハルから聞いた話では、呪いは本当に存在するらしい。世間一般に出回っている品は大抵が偽物だけど、本物は確かにあって闇に紛れて魔術師たち間において高値で取引される。しかも、呪いの品というものは恐ろしく、触っただけでも呪われるということがザラらしい。そのため、ほとんどの闇オークションでは呪いの品というものは出品拒否されてしまう。


 それに目を付けたのがこのラビットハウスだ。ラビットハウスが、呪いの品の出品を受け付ける。すると、他のオークション会場に呪いの品は行くことが無くなる。呪いの品かどうかを確かめる手間も省け、ラビットハウスは呪いの品を売ることで儲けが出る。双方win-winな関係なのだ。


 そして実感する。その話は、本当なのだと。


 この棚に置かれている商品たち、そのほとんどから異臭が漂う。生肉に赤錆びの粉をかけて腐らせたような……そんな酸っぱくて鉄臭くて吐き気がする臭いだ。鼻腔で広がるその空気が、身体の中を粛々と汚染しているような気がしてならない。

 臭い、気持ち悪い、真面目に探せば探すほど吐き気がこみ上げてくる。なるべく口で息をしながら、子供たちがいないかだけに意識を集中する。


 ――ここで、終わりね。


 その数分後、棚のある区画が終わった。わたしが終わったということは、なにもなければハルはとっくに探し終わっているだろう。それを証明する証拠が、壁沿いの床に転がっていた。赤い石――お互いが見えなくなっているため、自分がどこにいるのかということを知らせるためのものだ。


「…………」


 石に近づき、壁にもたれかかって青い石を落とした。石が跳ね、赤の石にぶつかる。


『いた?』


 ハルの押し殺した声が、すぐ右から聞こえた。


『ううん、いない。そっちも?』


『いなかった』


『だとしたら……』


 他に思い当たる場所は一つ。


『『あそこだ (ね)』』


 声が重なる。

 視線の先にあるのは、ふたりの見張りが付いた大きめの扉。『出品倉庫 (2)』という文字が扉に刻印されている。その先にあるのは今日の競りで捌かれる商品だ。


 いるとすればここしかない。問題は、どうやってここに入るかだけど――、

 ちょうどその時、ガラガラというカートの音が耳に入った。


 目を向けてみれば、今まさにカートが棚の角を曲がるところだった。しかもそのカートの行先は、どうやらこの扉の向こうらしい。「待ってくれ!」と言いながら、カートを押して近づいてくる。

 カートは、商品がうず高く積まれた五層建て。しかも、相当スピードが出ているようだ。


 もしかしたら、


『…………ねえ、』


『あれで行こう』


 どうやら、考えたことは同じみたいだった。



          ◇◆   ◇◆   ◇◆



 重たいカートを、細心の注意を払いつつ全速力で運ぶ。汗まみれの手袋がちゃんとついているのかを逐一確認する。


 こんなとこ来なきゃよかった――ラビットハウス・五等従業員のカーチスは何百回目かのその悪態を、口にする寸でのところで飲み込んだ。誰のせいだと訊かれれば自分の所為だというしかないのだが、己の頭の出来を呪うだけではどうやっても気が済まなかった。


 カーチスは、イーストエンドで生まれ育った移民の子だ。歳は二十二歳、労働者としては働き盛り。しかもあの場所で育ったにしては体格が良く、力仕事も受け付ける。豪遊できはしないが明日喰う飯に困ることはなかったはずなのだ。前の職場で満足していれば、の話だが。


 簡単な話だ。この男は、前の職場をクビになったのだ。給料が気に入らず、上司を殴って。


 当然、退職金が出るなんてことはなかった。そもそも、日雇いの仕事にそんなものはないのかもしれない。仮にあったとしても、脳が筋肉でできているこの男が抗議したところでいいように言い包められるのが関の山だ。


 そういうわけで、明日食べるための金も残り少なく、途方に暮れていた時に出会ったのがこの仕事だった。


 最初は、親切な職場だと思っていた。給料は良いし、仕事はこのカートを運ぶだけ、おまけに死ぬまで終身雇用してくれるという。いままで働いてきた工場とは天と地ほど違う待遇だ。とうとう自分にも運が向いてきたのだ、真面目に働いていたことを神様は見ていたのだ、そう思っていて……。


 ある日、気が付いてしまった。

 ここの給料、高すぎやしないか? と。


 ひとつ疑問に思ってしまうと、今まで気が付かなかったものが目に入ってしまう。ひとつだった疑問は、石鹸の泡のように増え続けた。

 この仕事をしていることを、誰にも明かしてはいけないという規則。カートを運ぶだけだというのに、前の職場の何十倍もの給料。いくら聞いても教えてくれない、会社の業務内容。自分以外の仲間がしょっちゅう入れ替わること。時々運ぶ異様な雰囲気の商品と、絶対に商品を素手で触るなと何度も何度も警告されること。


 目の前で、商品を素手で触った同僚が崩れ落ちたこと。


 そこまで見てしまえば、嫌でも解ってしまった。筋肉馬鹿のカーチスにも、自分の置かれている状況が解ってしまった。

 自分は、とんでもない場所で働いているのだと。


 すぐにこの場所を止めようと思った。だが、昔から鋭かった野性の勘が働き、その時になって自分が結んだ契約がどういう意味を持っているのかの察しがついてしまった。


 自分の仕事内容を他者に話すことを禁じる規則。それほど秘密主義に徹しているのに、やめた場合の罰則が何一つもない。おまけに、途中でやめることなど考えられていないような終身雇用という雇用条件。


 辞めたら何が起こるのか……バカのカーチスにも嫌というほど分かった。


 もう逃げられないのだ。この職場から逃げられるのは、自分が用済みになったときか、いまは亡き同僚のようにいま運んでいる品を触って倒れるときのどちらか。無論、どちらの選択肢も待っている未来はロクでもないものに違いない。


 だったらとる行動は一つ。功績を立て、カーチス自身が組織側に行くしかない。そしていま自分ができることは、このカートたちを運ぶことだった。


「はぁ……っ、はぁっ、あとひとつ」


 あとはこのカートだけだ。搬入口が閉まるまであと数分。それまでに、このカートを運び終えれば今日の仕事は終了だ。


 だだっ広い中央通路を、互層建てのカートを押して走り抜ける。スピードに乗ったカートは思ったよりも進んでくれる。減速さえさせなければ強く押す必要はない。注意が必要なのは、左壁側にある搬入口へ方向転換させる時だけだ。

 中央通路の終わりが近づく。ぐっとブレーキを踏み減速、左足で床を蹴り方向を変える。すぐ先に搬入口が見える。


 ――もう少し押してから減速して……、


 いつも目印にしている棚に結んだ赤い紐。その場所を通り過ぎたくらいで、もう一度ブレーキを踏むのだ。そうすることで、扉の手前ギリギリにカートを止めることができる。今回も同じように、紐を過ぎたところでブレーキを踏む。


 手から、カートの手すりがすっぽ抜けた。


「!?」


 なぜそうなったかなんて、手袋が汗まみれだということを知っていればすぐに解った。だが、そんなことわかったところでカートは止まらない。扉を守っている監視員が、暴走カートに気が付いて止めに走る。それで我に返り、カーチスも走り出した。


 追い駆ける。追い駆ける。


 止めに入った監視員を吹き飛ばし、カートは走り続ける。


 転がっている監視員を飛び越え、手を伸ばす。


 それでも間に合わず、カートは扉へと直進し――、


 衝突。

 扉を押し開け、商品を床にぶちまけて止まった。


「くそぉ! やっちまった!!」


 泣きたくなった。心の中で決意した途端に、どうしてこうなる。


「おい!! 何やってやがる!」


「すんません! いま直しますんで!」


 起き上がった監視員の一人が怒鳴る。謝りながら、カートを起こして入り口に散らばった商品に駆け寄る。しゃがみ込み、半開きになってしまった扉を押さえて商品を扉の可動域から足を使って退避させる。


 そのとき、


「――――?」


 風が吹いた。空調の風ではなく、誰かがすぐそばを通ったような錯覚を抱いた。


 ――いま、何かが通ったような……。


 顔を上げる。当然、そこには誰もいない。

 しかしなぜだろうか、古着のような匂いがかすかに鼻を突いた。


「…………ヤベっ」


 だが今はそれどころではない。手袋をつけていることを確認して商品を掴む。



 商品を拾い終えたころ、そんな違和感は頭の中からすっかり抜け落ちていた。

 あったのは、これから自分はどうなるのだろうという絶望だった。



         ◇◆   ◇◆   ◇◆



 第二倉庫は、雑多という言葉がよく似合った。


 先ほどの倉庫は、置いてあるモノがモノだったが、それでも大雑把なりに分類分けされていた。ペンはペンで、本は本で、家具は家具でという具合にだ。だがここは、そう言った分類などまったく考えられてはいない。されているのは、全ての商品に台車が取り付けられていること、出される順番通りに並べられているということだった。


 そして何より違うのは、この場所には客がいるということだ。

 ここは、商品の保管と同時に客に商品を見せるという役割も持っている。オークション会場では遠すぎて商品をしっかりと見ることはできない。その代わりに、どんな商品が出ていてどれを買うのかを吟味する場所がここなのだ。


 もちろんモノがモノなので触ることはできないが、代わりに商品を詳しく説明したボードが添えられている。ちなみに、このボードの情報はラビットハウスのスタッフの他にも出品者が書くことが多く、詳しく正確なほど出品者に入ってくる金額が増えるという仕組みだ。


 客の大半が魔術師だ。全員がお面をかぶり、ひと言も発することはない。これは、闇オークション内での規則であり、誰が会場にいたのかを知らないようにするためらしい。仮面をかぶっている以上、自分の知人らしき風貌の人物がいたとしても詮索しないのが暗黙の了解。もちろん、話しかけることもマナー違反だ。


 ハルから渡された仮面をつけ、コートを裏返しに着る。この場所では、隠れているよりも堂々としていれば気が付かれないからだ。それに、このコートは燃費がすさまじく悪い。使い続けていると、もしもの時に電池切れとなってしまう可能性がある。


 ド派手なオレンジの裏地を身にまとい、ハルと腕を組んで一通りフロア内を歩き回る。外で着れば目立つが、ここでは同じような服装の人がちらほらといる。そのおかげなのか、スタッフに呼び止められるようなこともなかった。


 フロア内を一周。念のため逆回りも一周。

 だが、子供たちはいなかった。


 見つけたのは、『子供五人 (バラ売り不可)』と書かれたボードが添えられた、空っぽの檻だけだった。

 売られてしまったということは考えにくい。なぜなら、壁に大きく書かれた出品リストの中には、まだその名前が残っているからだ。張り付けられた巨大な黒板に書かれている商品群。そのなかで、売れてしまった商品名には斜線が書き加えられている。


 しかし、子供たちの欄には何も書かれていない。つまり、まだ売られていないということだ。でも、だとしたどうしてここに居ないのだろうか。

 クイクイと、袖が引っ張られた。視線を向けると、ハルが横でボードの文章の一部を指さしていた。


《品質維持のため、暗室保管中。見極め希望者はスタッフにお申し付けください》


 すぐ近くには、スタッフ二人が両脇に立つ暗室の入り口がある。商品が置いてあって見ていない部屋は、そこが最後だ。


「…………」


「………………」


 同時に頷く。

 物陰でもう一度コートを裏返し、魔法陣を起動する。靴を脱ぎ、足音を殺して暗室の入り口をくぐった。


 中に入ってすぐ、



 競りの開始を告げるベルが鳴り、暗室の入り口が閉じた。

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