三. 初任務 ②
町を歩くニコラスの胸には鍵がぶらさがっていた。
「いきなり会った奴を信用できるかって話だよなぁ」
そう呟いたニコラスはすれ違いざまに男性から盗んだ巾着の中身を取り出して首を振った。
ちぇ、これだけか。
ニコラスはくるくると鍵を弄った。
こんな鍵よりコインの方がいくらか価値があるように思える。
ま、良いけど……
彼らが鍵を欲しがっていたのは事実だし、身につけておいた方が良いだろう。
いつの間にか町の外れに来ていたようだ。
もう少し物色するか。
そんなことを考えながら踵を返すと誰かにぶつかった。
「よぉ」
卑屈な笑い声に顔を上げると大柄な少年たちがニコラスを囲んでいた。
先頭に立っている少年が1歩足を踏み出し、小さな茶色い瞳でニコラスを値踏みするように眺めた。
「薄汚いスリ野郎」
後ろの取り巻きから笑いが起きた。
「またてめぇか!」
「おうおう、やんのか?」
少年がおどけてパンチを繰り出す真似をした。
「だが、その前に……この前の借りを返してもらうぜ」
「は? 一体何の……っ?!」
その瞬間、誰かがニコラスに水を掛けた。
「ごほっごほっ……」
ぬるぬるして生臭い。
袖で拭って顔をしかめるニコラスに笑いが起こった。
「お前、こいつらの金を盗んだだろ?」
少年の指さす先には2人の長身の少年がいた。
この間、彼らにからかわれた腹いせに小銭を盗んだのが記憶に蘇った。
結局、中身は大したことなかったけど……
「金はどうした?」
「……ねーよ」
「あん?」
少年がぐいと顔を近づけた。
薄い唇の端にパンくずがついている。
「じゃあ、手に持っているそれは何だよ?」
取り巻きの1人に手首を乱暴に捕まれ、指の隙間からコインが1枚零れ落ちた。
「こんだけか? あ?」
後ろから蹴り飛ばされて頭から倒れ込んだ。
その拍子に首にぶら下げていた鍵が地面を転がった。
「おい、それは?」
「……っ!」
咄嗟に伸ばした手を踏みつけられる。
「金を隠してるんだな」
「んなわけねーだろ!」
取り巻きが立ち上がろうとするニコラスの腹を蹴った。
「ふん、あそこに行きゃわかる話だ。よくあんなとこ住めるよなぁ、お前。噂じゃ、あまりの汚さに森の獣も寄りつかねぇってよ」
再び取り巻きたちが笑い、ニコラスは少年に飛びかかるとその顔面に一撃くらわせた。
水溜まりに尻をつく彼を見下ろしてニコラスは手を払った。
「あーあ、わりぃわりぃ……お前のお洋服を汚しちまった。ママに新しいのをおねだりしたらどうだ?」
遠巻きに喧嘩を見ていた人たちから笑いが漏れ、彼は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「くそがっ! おい、やっちまえ!」
彼の声で取り巻きたちが一斉に飛びかかった。
抵抗も敢え無く、ニコラスはあっという間に動きを封じられて腹や背中を蹴られた。
薄れる意識の中で少年たちの笑い声が遠のいていった。
果物やパンの入った麻袋を抱えたライオネルは馬の止めてあった所へ戻ると鞍に袋をくくりつけた。
「……よし」
呟いた時、胸元のポケットに入れていた通信機が震えた。
確認するとフォセからだった。
『ごめん! ちょっと目を離した隙にニコラスを見失っちゃった! 急いで追いかけたんだけど、町で巻かれちゃったの!』
「本当か?! 今どこにいる?」
『え? 人がたくさん居てわかんないよ! きゃっ、ごめんなさい!』
「彼女には連絡したのか?」
『スラウのこと? うん。すぐこっちに戻るって……このままじゃ埒あかないから上空から探すね!』
「ああ。じゃあまた……ん?」
少し離れたところに人だかりができている。
人ごみを掻き分けたライオネルは思わず目を見張った。
「ニコラス! おい! 大丈夫か?!」
揺り動かしたが、反応はない。
首に触れて脈を測る。
意識を失っているだけか。
安堵の息を吐いてニコラスの服を弄った。
「鍵がない!」
ライオネルは急いで通信機を取り出した。
「ニコラスは見つけたが、少しまずい事態になった」
***
少年たちは崩れかけた聖堂の前に集まっていた。
先頭に立つ少年の手にはニコラスから奪った鍵が握られている。
「良いもん手にしたな」
取り巻きの言葉に唇の端を持ち上げる。
「これまで以上に金をふんだくるのにはもってこいだぜ」
その時、彼らは背後に迫る黒い影の集団に気づきもしなかった。
***
ぼんやりと視界に白い光が広がっていく。
誰かが顔を覗き込んでいるのが分かった。
「気がついたか?」
ライオネルの声にニコラスは飛び起きた。
身体の下には落ち葉が敷き詰められていて柔らかかった。
腹や背中がずきずきして思わず顔をしかめる。
陽はすっかり傾き、橙色の空を鳥が飛んでいた。
「ここは?」
「君の住んでいた町を出て半日馬で駆けたところだ」
「その怪我、誰にやられたの?」
フォセの大きな茶色い瞳が覗き込んできた。
「ん? あぁ……村の奴。ちょっと喧嘩した」
「それって、金髪の丸顔の子?」
いつの間にかスラウが隣に立っていた。
頷くニコラスに彼女は溜め息を吐くと木の根元に胡座をかいた。
「それよりも何で俺、ここに……?」
尋ねるニコラスにスラウが口を開いた。
「順に説明するよ。昨晩あの聖堂の近くで傭兵を見かけたから、彼らの潜伏先を偵察していたんだ。でも、君が逃げたって聞いたから彼らの元を離れた。そしたら聖堂の前で何人か倒れてて……意識を取り戻した子に話を聞いたら突然何者かに襲われたって。しかも1人が君と間違えられて連れ去られたみたい」
「鍵を持っていたからかもね」
フォセの言葉にニコラスは首を捻った。
「何で俺が狙われなきゃならねぇんだ?」
3人は意外そうな顔で互いに顔を見合わせていたが、ライオネルが口火を切った。
「今更ながら聞くが、その鍵が何だか知っているのか?」
「知らねぇよ」
「それじゃ、今まで何も知らないでいたってこと?!」
思わず声を上げるフォセを制してライオネルが口を開いた。
「それじゃ、まず、この国を治めている王族ロイナード家から話を始めよう。ロイナード家には代々伝えられている王の証というものがあり、それを以て王位に就くことが出来る。君の持っていた鍵はそれを手にする為に必要なものだ」
彼は一息吐いて続けた。
「君はロイナード家の血を継いでいる。つまり君はこの国の王子ということだ。だが、今王位についているのは君の父親の弟……彼は自分の兄とその妻、つまり君の両親を王位から追放し、地下牢に幽閉している。だが、彼はまだ正式な王として認められてはいない。君の持っていた鍵が必要だからだ」
「それにニコラス、君自身もね」
スラウの補足にライオネルは頷くと続けた。
「王の証の入った箱は選ばれた者にしか開けることができない。王位継承者である君が生き続けている限り、現国王には開けることが出来ないはずだ」
「王もそれが分かっているから、その子を生かしたまま連れていこうとしたってことだよね? だったら急いで城へ向かわないと。その子が鍵を開けられないと分かれば、彼の命が危ないかも」
フォセの言葉にニコラス首を振って起き上がった。
「……んな話、信じられるかよ」
「え?」
「会ったばかりのやつらに「あなたはこの国の王子です。連れ去られた豚野郎を助けて下さい」って言われて、「はい、そうですか」ってついて行くかって言ってんだ!」
びしっとスラウに指を突き立てる。
「それに本当のことだとしても、あいつはずっと俺から金をむしり取ってきたんだ。金持ちのくせに……あんな奴死んだ方がマシだ」
「ニコラス!」
スラウに咎められたが、別に気にしなかった。
「俺は嫌だね、帰る。助けに行くならお前らだけで行けよ」
「……仕方ないな。じゃあ、この人の話なら聞くか?」
ライオネルが木の影から誰かを引きずりだした。
よれた灰色のマントに葉がくっついたもじゃもじゃの髪。
老人は髪を掻きむしった。
「じじぃ?!」
ニコラスは思わず声を上げた。
「あ、あ……」
躊躇う老人にライオネルが畳み掛けた。
「どう何だ? 俺たちの話、聞いていたんだろ?」
老人はしばらく髪に絡まった葉を取り、考え込んでいたが、突然居住まいを正してニコラスに向き直ると頭を地面に擦りつけた。
「ニコラス様、この者達の話は本当でございます! 今まで黙っていたこと、申し訳ございません!」
「……は? い、いきなりどうしたんだよ?!」
「エルドラフ様とカトリーヌ様は我が子だけは助けて欲しいと、私にあなた様を託されました……その時に例の鍵も持たせたのです。いつかあなた様が城にお戻りになる時の為に……」
ニコラスは口をポカンと開けて老人を見つめていた。
「混乱なさるのも無理はありますまい。正体を明かさず近くで見守り続けておりました。私の実の名はドレークと申します」
「……じゃあ、俺は別に捨てられた訳じゃなかったのか?」
「左様でございます」
「まだ話がよく呑み込めねぇや……」
「まぁ、これから頭の整理をしても良いんじゃないかな?」
スラウが話に割って入ってきた。
「夜明けと共に発とう」
ライオネルが矢を担ぎ直した。
「俺たちが見張りにつく」
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