第7話 なにも考えず、
神殿の、図書室を訪ねた。
と、いうのも、泊まれるところは、個室ではなかったのだ。
大きめの部屋の中に、シングルベッドが6台並んでいて、そんな部屋がいくつかあるところに、修行中の旅の修道士や、僕のようなお金のない人を泊めるのだという。
うん、無料宿泊施設に変に期待しちゃダメだよね。
ただ、この部屋に今日泊まるのは、修行中の旅の修道士が二人だけで、満杯ではないらしく、病院のようにカーテンで仕切りができるということもあり、思ったよりは休めそうな気がする。
それでも、スマホだ。
この世界にはない超常の技術の結晶である黒い板を、青く光らせながらごそごそするのだ。
カーテンでは心許ない。
そこで、しっかりした個室がないかと尋ねると、図書室の中に本を読むスペースがあり、その中に調べものをしながら書き物をするための小さな部屋があるのだという。
小さな机と、椅子でいっぱいになるような部屋がずらっと並んでいるというので、ネットカフェを思い出した。
それならと修道士に案内されて、やってきた図書室は、大図書館と言うべき広さだった。
そこで、入場するための手続きと諸注意を受け、ついでにスキルやステータスに関する冊子も借りて、個室に案内してもらった。
ネットカフェを想像していたからか、思っていたより広かった。
スマホに集中するだけなら、広すぎるぐらいだ。
僕は早速、冊子を広げつつ、スマホを操作した。
― * ― * ― * ―
ざっと読み終えて、個室をでる。
泊めてもらうかわりの労働があるからだ。
簡単な掃除だが、そろそろ終わらせないと日が暮れてしまう。
常識を書いたもの、というのは、なんと教科書だった。
つまり学校があるのだ。
と、言っても『学校』という建物はなく、教会や役所のような共用施設で集まってやるようだ。
そういったことも教科書には書かれていて、まさに痒いところに手が届く、という感じだった。
前の世界の小学校の教科書とか、どうだったかな、と思う。
掃除をしながら、あれこれと考えて、道具を返しに行ったあと、女神の像の前を通る。
夕暮れの光が僅かに入る神殿で、女神像は神秘的に輝いて見えた。
僕は、像に近づき、祈る。
なにも考えず、ただ先行きを祈った。
――つもりだった。
『……かわ……か……ん……。双川斎賀さん、聞こえますか?』
声が聞こえた。
間違えようもない。女神の声だ。
(どうしたんですか? カレン様)
僕は祈りの姿のまま答えた。
『カレン様!? あぁ、そうか、そこってカレンタールの神殿でしたね。わかりました。今から私はカレンです!』
慌てたような声に、こちらこそ慌てた。
カレン様じゃないんだ……!
『いえいえ、私にはいろいろな名前があるんですよ。お気になさらず、そうお呼びください』
すみません。
ではお言葉に甘えて。
何かあったんですか? カレン様。
『お手紙の話です。地球の神が、あと1年以内なら、複数回届けてもいいと言ってくださったんですよ! ですから、3日以内に慌てて書かなくても、大丈夫です』
えっ……ええと……それは……。
『お返事は、向こうのご家族と地球の神が、コンタクトをとることができないので無理ですが、突然のことで伝え忘れていたこととか、これだけはしてほしい、とか、あると思いますので、ゆっくり考えて書いてください』
……あ……。
そうか。これは遺書だ。
手紙、というから気恥ずかしいけど、残されたものへの手紙なんだから、気負って書く必要はないんだ。
手紙に何を書けばいいのか、ほとほと困っていた僕には、目から鱗の落ちる思いだった。
『遺書と違って、生きてることも異世界にいることも書いていいですけどね』
「えっ! 書いていいの!?」
思わず本当に声が出て、あたりを見回す。
がらんどうの神殿内には、だいぶん響いたわりに、誰も来なかった。
それでも慌てて口を押さえる。
『書く内容に制限はありませんよ。本当にそのまま渡しますから』
でっ、でも、なんで生きてるとか、帰れない理由とか、疑問に思われませんか?
『ぜひ、正直に。ちなみに、異世界人としてそのまま召喚されるという形での帰還も問い合わせましたが、こちらから地球には無生物のみ安全に送還できることが確認されています。生物は、無理矢理通すと変異してしまうらしいです』
変異……。
『いわゆるUMAって、変異した異世界生物らしいですよ』
まさかのUMA異世界生物説!
うん、でもなんとなくわかった。
帰れないけど限定的に向こうに僕の意思を伝えてくれるってこと。
『そういうことです』
隠しだては不要!
『ですです。あなたらしいな、と ご家族が考えてくれるものだとベストです』
わかりました。
もう一度、個室借りてきます!
『急がなくていいんですよ?』
男には、秘蔵の宝物があるんですよ……!
すぐにでも処分してもらわないと!
『……そうですか。わかりました』
僕は、急いでノートに宝物のありかを認めると、表紙に従弟の名前を書いて、女神に供えた。
ノートは、光に包まれ、何もなかったかのように消えた。
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