第3話 背に腹は、
南門を越えて、町に入らないまま壁の周囲を歩く。
東門から南門に近づいてから、長閑な農園が続いている。
それは南門から西門にかけてもそうだった。
いろんな野菜や果物が植えてあり、その向こうには麦のような穀物が見える。
そんな景色を見ながら、のんびり歩く。
近ごろ、景色を見ながら歩くなんてしていなかったな、と思う。
学校と家を往復する日々を思い出していると、ふと、足元に白くて丸い、柔らかそうなものが転がってきた。
「ボール? いや、わた?」
それは両手で乗せられる程度の量の、わたを丸めてできたボールだった。
いや……
「生きてる? 生き物?」
転がってきたそのボールは、少し平らになった面が下になると、ゆっくりと畑に向かって戻り始めた。
ちょこちょこと、一所懸命動いているのがおもしろい。
しばらくしゃがみこんで、観察していると、やがて畑の中に潜り込んでいった。
こちらによくいる生き物なんだろうか。
触っても大丈夫なものなら、撫でてみたかったな。
そんなことを考えながら、立ち上がってまた歩き出した。
異世界感がこんなことで沸き上がるとは思わなかったけれど、お陰で気分よく歩き続けることができた。
ウキウキした気分のまま、西門に到着した。
西門は、始めに到着した東門と同じぐらいの規模の構えをしていた。
訪れる人に対応する人と、門番をする人のどちらに話しかけるべきかと考えていたら、門番の人の方に話しかけられた。
東門から西門にいけと言われたと言えば、門の内側を指差される。
そこには駅の受け付け窓のようなものが何戸かあり、この分厚い壁の中に空間があることを知らせていた。
門番の人に礼を言ってそちらに行くと、ひとつの窓口がちょうど開いた。
「こちらは『討伐者ギルド』出向所です。なにかご用件でしょうか」
柔らかそうな表情をした30~40代の男性が、こちらを見てにこりと笑った。
……若くてかわいい受付嬢じゃないのは、やっぱり『冒険者ギルド』じゃないからなのかな。
「東門で、こちらに来るように言われました。身分証明書がないので」
男性は、にこにこと頷いて、なにか機械を取り出した。
「君ぐらいの年の村出身者だと、身分証明書がある方が珍しいからね。とりあえず、犯罪歴の確認を兼ねてステータスを読ませてもらっていいかな?」
「ステータス?」
僕は首をかしげた。
「ああ、見るのは名前と適性職業、レベル、あとは魔力の有無までだね。あと、犯罪歴の有無。いいかな?」
ステータスやレベル制があるのか、と思っていただけの僕は、問題ないと思って頷く。
男性は機械をくるくる操作する。
しばらくすると、軽く頷いてこちらににこりとする。
「うん、問題なく『討伐者』登録できるよ、サイカ・フタガワくん。最初にこれをしないと、説明したあとにやっぱり登録できませんでした、とかたまにあるんだよ」
名前と姓を逆に呼ばれた。
姓があることを突っ込まれはしなかったので、一般的に姓のある世界なのだろうと納得した。
「登録すると、どんなことがあるんですか?」
僕が聞くと、首をかしげる。
「今回の場合は、このリーフデの街に入るための証明を作るためだけの登録だね。各証明機関の中で、ウチが一番発行が早いから。本当に『討伐者』にならなくても、あったら便利だしね。旅のサポート、ランク認定、依頼の仲介、素材の売買など……定住しないなら、この証明が一番と言われてる。旅の友だね」
僕は相槌を打ちながらしっかりと聞く。情報はきちんと集めなくては。
「先立つものに全く心配がないのなら、仮証明書だけで、中でもっと自分に合う証明書を申請してもいいし……ああ、その場合は入るのに1シグ50ケラ払ってね。入門料と証明発行代だからね。でもそうじゃないなら、ぜひ、本登録していってほしいな」
先立つもの、ってお金だよね。単位が二つあったのは気になるけれど、どちらにしても選択肢はない。
僕は、本登録の手続きをしてもらえるように頼んだ。
「よし。じゃあ、軽く『討伐者』の説明から行くよ。『討伐者』は、世界中のモンスター、魔獣、魔物から、直接もしくはその生息域の素材を採取する職業だ。駆除だけ、ということもあるけれど、素材を採取しなければ大したもうけにはならないことが普通だね。丁寧に採取した方が、もちろん値がいい。だから、本登録に必要なのも、素材採取だね」
そう言って、男性は門の外の農園を指さした。
「農園の中にいるフワモコを12匹、持ってきて。生死不問だけど、大きな破損や汚れは減額させてもらうよ。逆に、規定数以上に納品してくれたら、増額。納品する場所は、そっちの壁際に解体所があるから、そこで納品証明書をもらってから、こっちに戻ってきてね。それまでに討伐者証作っておくから」
と、ニコリと笑った。
だが僕は。
「フワモコ……?」
ってなんだろう?
「ん? あー村じゃ別の名前で呼んでたか? 畑に白くてふわふわしたのがいるだろう。それが、フワモコ。人や家畜を襲うものじゃないが、増えすぎるといるだけで農作物を腐らせてしまうんだ。繁殖力も強いし、だからいれば駆除する。あとは、その毛を刈って採れた綿を布なんかに加工するわけだな。だからいくらあってもいいんだ」
……。
さっきのカワイイやつか!
あれを狩るのか……。
けれど、背に腹は代えられない。
「わかりました。やります」
男性は袋を二つ出してくれた。
「6匹入るのを2枚貸すから……ああ、詰めれば合わせて15、6匹入れられると思うから、頑張って」
終始笑顔の男性に、笑みとお礼を返して、僕は農園へと進んだ。
「わかってると思うが、植えてある農作物あらすんじゃないぞー」
そう言う言葉を背にしながら。
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