第4話

「それにしても」

楼主は煙管を使用人から受け取ると、切り出した。


「今年の振り出しは随分早いですな。陸様の方で何かあったんで?」

「疫病だそうです。港の方でも厳しく検査してるようです。」

「馴染みの旦那様方がお帰りにならないのはそういうことでありんすか。花魁の袖を掴んで離さないもので困っておりんした。」


抹茶は顔を顰めた。

疫病で苦しむ農民達の相手はしたくないのだろう。陸ではふんぞり返ってるお大臣でも島に来てしまえば駄々をこねる赤子同然なのだ。


「それで、疫病なんでしょう?上玉は入ってきてんですかい?」


「もちろんです。」

宗太は頷いた。


「それなら良かった。」


娘達を商品とする彼らはその商品が全てだった。畑が朽ちようが、海が干上がろうが品さえ無事であればそれで良いのだ。

刻み煙草を火皿に詰めるその男の顔は商人のそれだった。


「ですが、十二嬢郎が揃ってません。」

「何?」


楼主が顔を上げた。


「十二嬢郎が揃わなくて、振り出しはどうすんですかい?まさか十一人で断行しようってんじゃないんだろ?」

「別にいいじゃありんせんか。ずっと続いてる歴史を壊してみるのも粋なもんでありんしょ。」


抹茶がころころと笑いながら言った。


「何を言うかお前さんは。十二嬢郎は振り出しの花!十二嬢郎が揃わなきゃ客は溢れた者に醜女しかいないんじゃないかと勘違いするだろう!そうなっては天下の十二嬢郎も有り合わせの十一として価値は暴落すらぁっ!そうなったら……この藤愁楼だけじゃなくて島全体も大赤字だ!」

楼主はまくし立てると煙管を火鉢に打ち付けた。抹茶は肩をすくめるとそれに習って煙草を落とした。


「落ち着いてください。なにも見合う器量の娘が居ないんじゃないんです。」

「何ですって?」

「陸の鼬から一報が。とても器量の良い娘を売る家が出たそうです。アテラギ様はその娘が着いてから振り出しの準備をすると。」

「ほほう!器量の良い娘だと!それは是非引き抜きたいものですな!」


「親父様、この振り出しに備えてわっちの道中すら倹約なさっておりんしたから、その娘も難なく買えるでありんしょ。」


楼主は抹茶の嫌味を無視すると、宗太に向き直った。


「どうでしょう宗太殿。今宵は私共にもてなさせて頂けませんかね。宗太殿を呼びつけておいて、もてなしもせずに帰らせたなんて噂がたったら私の面子が潰れます。」


「はぁ……」


「そうですか!それは良かった!ほれ抹茶!宴の準備だ!今日は張見世にもう出なくとも良い!」

「ほんとでありんすか!親父様!」


宗太は今夜は帰れないかもしれないとため息をついた。






◇◇

「それで、其奴が足抜けしようとした禿かえ?」

「はい。」


青銅は身をこわばらせた。隣に居る娘を前に引き出す。

娘はガタガタと震え、その眼は絶望の色に染っていた。

娘の着物は汚れ、裾には乾いた泥がへばりついていた。白藤の着物には肩のところに真紅の染みがついている。

一緒に抜けようとした男のものだった。


広間の奥には、床から三段ほど高い位置に金で飾り付けられた肘掛け椅子があり、その後ろには深緋色の絢爛豪華な屏風がたてられていた。

肘掛け椅子に腰掛けるその人は、この世のものとは思えなかった。猩々緋に染められた着物から伸びる真っ白な足を組み、頬杖をついてどこか楽しそうに娘を見ている。だがその瞳に一切の慈悲は映っておらず、その場にいる誰もが震えるほどの威圧的な空気を全身から発していた。


「申し訳……あ……っありんせん。」

娘は震える声を絞り出してその人に向かって平伏した。まだ濡れている娘の髪から落ちた雫が、床を濡らした。


「逃げないのは褒めてやろう。」

その人は組んでいた足を解いてゆっくり立ち上がった。


青銅は娘の全身の震えが伝わってくる気がした。もしかしたら震えているのは少女ではなく自分かもしれないとさえ思った。


「そのように怖がるな。わちきは才あるものは生かす主義じゃ。特に器量の良い娘や、禿はな?」


娘はゆっくり目を開け、顔を上げた。

その人は娘と視線を絡めるとふわりと言い放った。


「お前は別だ。」





青銅は思わず目を瞑った。

広間には少女の叫び声が響いている。少女の四肢は魔力で空中に固定され、動かせないようだった。


「喚くな。喚くと辛いぞ。」


その人はなんの感情も映さない表情で少女の右膝の辺りを細い指でつうっと撫ぜた。


その瞬間、炎の輪が少女を取り囲んで浮かび上がった。


「ゆるしておねがいなんでもしますごめんなさいごめんなさいおかあさんおか」


必死で母親を呼ぶ少女の声はアテラギが指を鳴らした音で途絶えた。


◇◇

【用語】


鼬(イタチ):女衒のようなもの。商品となる娘達を島まで連れてくる。多くは島に住み、アテラギの命によって行動する。他にも娘達の情報を島へ送るべく、陸に住んだり旅をしたりするもの達もいる。彼らも島の女郎同様に魔法封じの腕輪が付けられているが、陸の鼬は緊急時のみ使える場合もある。


振り出し(フリダシ):女郎の競りを行う催し。女郎は商品であるため、遊郭側が鼬、又は売り元から買い取る。通常は2年に1度行われる。島は広く、遊郭も多くあるため遊女の数も半端ではない。そのため、振り出し後に遊女の取引が行われる場合もある。それ等はアテラギの監修の元行われる。もちろん遊郭どうしではなく、島の住民を相手にする場合もある。


十二嬢郎(ジュウニジョウロウ):振り出しの目玉とされている娘達。鼬が連れてきた娘達の中から特に器量の良い娘達を選び取り、十二嬢郎とする。嬢郎達は、振り出しの際に1人ずつ紹介され、彼女らのみ派手に競りにかけるため、女郎となってからの人気は凄まじくなることが多い。未来の花魁になる可能性があるため、遊郭側も買い取ろうと必死である。

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