第3話
茅丸は人混みを掻き分けて進む光希の後を追った。後ろで宗太がため息をつく気配がした。茅丸は心の中で親友に謝ると、光希の細い手首を掴んだ。
「何よ?」
光希は予期していたのだろう。たいして驚きもせずに眉を少し上げて見せた。
「お前、うちの頭の手柄横取るつもりだろ」
光希の目が丸くなる。その瞳には面白がるような色が浮かんでいた。
「へぇ、なんだ。今まで特に何も言ってこなかったくせに。」
「もう我慢できねぇからな。いい加減にしろよ
光希。」
光希はやれやれとため息をついて見せた。
「じゃあ今回は諦めようかな。どうせついてくるんでしょ?」
「当たり前だ。」
「ふん。あーあ、せっかく報酬弾むのに。」
「しっかり宗太に報酬は渡すからな。」
「あの宗太って奴、気に入らない。お利口さんの優等生さんって感じだ。」
「まぁお前とは馬が合わないだろうさ。」
光希は口を尖らせた。
「茅丸は仲良いんでしょ」
「お?なんだ嫉妬か?」
「阿呆」
光希は俺より少し前に出た。抜け輪の罪人を連れているからか、人々は彼らを避けて歩いていた。
「まぁ少しは楽に城へ行けるから、良しとする」
「……はぁ」
◇◇
「宗太殿…!表が騒がしいようだが何があったんです?」
「申し訳ない楼主殿。抜け輪が出たんです。」
楼主は口を開けたまま納得したように頷くと、笑顔を作った。いかにも商人らしい貼り付けたような笑みだった。
「そうでしたか。いやはや何か足抜けする奴でも出たかと思って焦っておりました。」
楼主はまた笑って宗太に遊郭へ入るよう促した。
宗太は奥の広い部屋へ通された。恐らく接客でも使われるのであろう。芸妓が使う小道具が端に寄せてあった。
「いや、散らかっていて申し訳ない。いきなりいらっしゃると聞いたもんで満足にもてなしも出来ないのです。」
「いえ、藤萩楼ほど大きな遊郭ともなれば毎日忙しいのは承知しております。こちらこそいきなりの訪問申し訳なく思っております。」
楼主は安心したように小さく息をついた。
楼主はいつもビクビクしているような気の弱い男だった。それでいて、それを気取られたくはないらしい。妓女達や従業員達には威厳を保とうと必死だった。
「それで……今日はなんの次第で?」
「アテラギ様から振り出しのことで言伝を頂いています。」
「アテラギ様から‥」
楼主は喉を鳴らした。
「それで……アテラギ様からなんと?」
宗太が口を開いた瞬間だった。廊下が騒がしくなった。
「ねぇさん!怒られます!駄目ですって!」
音を立てて襖が勢いよく開かれた。
「抹茶!」
花魁は腕を組んでツンと上を向くと、部屋へ入ってきた。
「親父様、わっちも聞きとうござんす。」
「なっ、お前!張見世途中じゃないのか!」
「まだわっちは予約が入っておりんせん。昨日まで引っ込んでおりんしたから。」
「ったく駄目だ!戻りやがれ!」
「お願いでありんす!」
「駄目だ!」
「聞かせてくれんしたら、今度入ってくる禿、面倒見ても良いですよ?」
「あっ。」
「それに、今年から振り出しの引き抜き!わっちも参加しんすから。」
「ぬぬぬ……」
「楼主殿。私は構いませんよ。」
「なっ。宗太殿まで。」
楼主はパクパクと口を動かすと、諦めたように肩を下ろした。
「良い。許す。」
「親父殿!」
抹茶はいそいそと楼主の隣に腰を下ろして、宗太に向かってニコッと笑って見せた。
◇◇
【用語】
抜け輪:誘華通りを通っての正規ルートではない所から侵入したり、煌郭街の入口で警備の目を晦ましたりすることで腕輪による魔力の制限を解こうとする者の総称。島では陽の民による絶大な権力で治外法権が取られているため、抜け輪は即刻罪人である。捕まえたものには報酬が支払われるため、がめつい光希が食いつくのも納得である。
足抜け:遊郭から抜け出そうとすること。遊女は基本身請けされない限り遊郭からは抜け出せない。何故か煌郭街では足抜けしようとする遊女は滅多にいないが……
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