010 贈る言葉
しばらくカズは呆気に取られていたが、
「はっ! くははははは!」と、大声で笑い出した。
「想介、俺を呪いやがったな」
僕はそれに無言で答える。
「俺に〝生きろ〟だと? 残酷なことを言ってくれるじゃねえか」
「ええ。生きるか、死ぬ気で生きるか。あなたにはそのどちらかしかない」
丈の長いキャメルのトレンチコートに身を包んだ伴動さんが、凛とした口調で言い放つ。
「思い上がんじゃねえ。いくらお前の『
「それでも、これであなたが自ら死に向かうことはできない。それで充分よ。そうでしょう、各務くん?」
頷きを返す僕に、カズは「はっ」と鼻で笑う。
「たった数日で全員集めるとは、どういうからくりだ?」
「種も仕掛けもない。『精神感応』で全員を探し出した。それだけさ」
「……こいつらの記憶を消さないでおいたのが仇になったってわけか」
この三日間僕は一睡もせずに歩き続けだったが、それでも全員を見つけ出せたのは幸運だった。誰も遠くへ行っていなかったし、僕の呼びかけに応えてくれた。それを奇跡とは呼びたくない。
カズは呆れたように大きく溜息をついて、僕たちを睨んだ。
「お前ら、何してるかわかってんのかよ。俺に接触するってことがどれだけ危険か。また取っ捕まったら、その場で処分されたっておかしくねえんだぞ」
「命の危険なんて今さらだよ。皆納得してここにいる」
「納得だと? つまらねえ言葉を吐くな。特に想介、お前だよ。他のヘテロの能力を増幅したり拡散できるお前の『精神感応』は脅威だ。知られたら最優先で狙われるに決まってる」
「わかってる。でもこうなってしまった以上、何も知らないふりをして生きていくことはできない。過去は消せない――そうだろう?」
だからこそ、僕たちは抗わなければならない。この呪われた力を使ってでも。
「カズ、僕たちと一緒にいこう」
まだわずかに繋がっているのか、カズの意識を通じてその動揺が伝わってくる。
「僕たちは大人の味方でも敵でもない、強いて言うなら僕たちの味方だ。もう二度とあんな馬鹿げた悲劇を起こさないために、僕たちヘテロがあんな思いをしなくて済むように、そのためだけに戦うんだ。それは僕らにしかできないことだろう」
「夢みてえなことぬかしてんじゃねえぞ、ガキが」
カズは苛立たし気に語気を荒げた。
「いいか、全員が幸せになる道なんて存在しねえんだ。俺たちが死なず殺さず狂わずにこの世界に何かを望むなら、表舞台にだけは立っちゃならねえんだよ。どんな強力な能力だって、この世界を変えることなんてできやしねえんだ」
「カズは変えたじゃないか」
「ああ?」
僕を睨むカズの視線を、僕は正面から受け止める。
今日初めて、カズの目を見る。
「お前が変えてくれたんだろ。破滅しかなかった道から、僕たちの運命を」
カズがたじろぎ、言葉に詰まる。それまで黙っていた他のメンバーが口を開いた。
「各務の言う通り、俺たちを救ってくれたのはお前だ。俺は決めたぞ。この能力を使って、世界中の助けを求めているヘテロを救う。一人ずつ、全員をだ」
上井出。
「一人でカッコつけてんじゃねーぞ、吾棟。あたしらがこのまま黙って隠居するとでも思ってんのか? あたしはひとつも納得してねーし、まだまだ暴れ足りねーよ」
天照さん。
「私なんかが皆の役に立てるかわからないけど……力を合わせればきっとなんとかなるよ。だって私たち、友達でしょ?」
玖恩さん。
カズはハンドポケットの姿勢でしばらく黙っていたが、やがて「馬鹿が感染ったな」と吐き捨てるように言った。
「想介。お前が提案したテストの結果を、試験官としてここに発表するぜ。全員不合格だ。赤点なんてレベルじゃねえ、零点だ。揃いも揃って救いのねえ馬鹿ばっかりだ」
そして、僕の胸元に一封の茶封筒を押し付けるように渡してくる。
「……これは?」
「お前が一番欲しがってるもんだよ。それを持って消えろ。二度と俺の前にツラ見せんじゃねえ」
くるりと――今度はカズの方が僕を目を合わせるのを避けるようにして背を向ける。そしてそのまま、美鈴が去って行った出口の方へと歩き出した。
「カズ!」
「お前とのコンビは今日をもって解消だ。音楽性の違いってやつだな、くはは。そこにいる新しい相棒とせいぜい頑張ってみろよ。死なねえ程度にな」
それだけ言うとカズは、ゲートをくぐった。その背中が遠ざかっていく――と、一度だけ立ち止り、振り向くことなく、僕に向けてこう言った。
ハッピーバースデー、と。
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